新圧発 … 短信集  霜 月


2018年11月15日
文責 : 遠藤 敏信

●今年の稲の収穫とその関連作業が終わり、植木等の雪囲いとうるい根株の掘り取り作業も終わり、越冬野菜の収穫とその畑の後片付けを残すのみとなった。
 それにしても今年の稲作は近年にない不作となってしまった。とりわけ無農薬栽培は過去最低の収量に終わった。天候不順以外の原因としては穂の数を不足させてしまった事と紋枯れ病の多発によるところが大きい。紋枯れ病菌はカビの一種で前年に発生すると稲わらや畔の枯草等の下で越冬し、翌6月頃気温・水温が上昇してくると活動が活発となり、田圃の水面で浮遊している菌が稲の水際の茎に侵入し、徐々に下葉を枯死させ、8月上旬には上位の葉をも枯らしてしまう。結果、登熟不良となり未熟粒や死米が多くなり、減収となる。
20年近く同じ圃場で無農薬栽培を続けてきた結果、その発生が年々多くなってきていたのだが … … 。
 これから雪の降るまでの間は山の植林地の手入れを予定している。樹種によっては幼木に雪害が目立ち、その対策として杭を作り支柱を立てたり、枝打ち・間伐等である。森の中で汗を流すとやや鈍くなっている脳ミソと体が活力を取り戻したような感じとなる。
【 笹 輝美 】

●先月の中旬、天気もよいので紅葉を見ようと秋田県側から鳥海山のふもとを巡る。漫画家の矢口高雄が描く「ふるさと」に出てくるような村落が続く。鳥海山にある5合目の駐車場で「日本一週の旅5日目」と書いたバイクを見つける。話を聞こうと近づくとまだあどけない顔をした青年が気軽に私の質問に答えてくれた。
「浜松を出て太平洋側を走り、北海道を回って、帰りに日本海側を通って九州まで行き、四国も回って今年中には家に帰る計画だ」と言う。
 荷物いっぱいのバイクの後ろ姿に「今度の旅はこれからの人生で必ず力になる時がくる。交通事故に気をつけて!!」と声援を送った。
【 三原 茂夫 】

●稲刈りを終え一息ついた頃、夏野菜の茄子の枯木の片づけをする。7月から9月まで3か月も食べられる野菜は他にない。葉物の野菜などの食べごろ適期は一週間ぐらいである。夏は“ばっかり”料理の代表格である茄子だが、やはり助かる。本当に世話になった。
 ◦ 8月初めと末、2回のゲリラ豪雨で崩れた田んぼの畦畔を直そうと、刈り取りが終ってまもなく、重機のリース屋さんにユンボを手配した。が、11月まで予約でいっぱいと言われる。あれからまもなく一月、未だ連絡がない。雪の降る前に直しておきたいのだが。
【 今田 多一 】

●雪囲いにまだ手が回らない。周囲は皆用意周到に済ませているのに。越冬野菜の取入れもこれからだ。以前なら11月の半ばには霜が降りたものだが、近年は冷え込むことが少ないように思う。
 先日、「南米ペルー沖にエルニーニョ現象の発生を確認」という記事があった。今年は暖冬になるのだろうか。この現象は1年ほど続くという事だから、という事は、来夏は冷夏?などと余計な考えが先走ったりする。
 ところで、そばの生産量が激減状態だという。北海道産が打撃を受けた影響が大きく、山形県も集中豪雨のあとが残る。我が家の場合、7月末1町歩に種を播いた。発芽は揃ったものの8月5日の大雨で、作付面積の半分が冠水し、やがて消滅してしまった。今でさえ輸入ものが多い中、市場ではとって代わられるのだろうか。
それにしても種まきから全てホームメイドで仕立てたそばは、うまい。
【 遠藤 敏信 】

新圧発 … 短信集  神無月

2018年10月15
        文責:遠藤敏信

   7月のあの天気はどこへ行ったのやら?大豆畑草取りツアー以降、雨 雨 雨、しかも降雨量が半端でない。為に稲刈りは遅々として進まず、しかも田面はぬかるみ苗代のごとし。コンバインがハマらないように注意して時間をかけての作業となる。
そして籾摺りをしてビックリ。田圃での見た目とは異なり、平年を下回った昨年よりも減収、というありさま。その原因としては、出穂までの異常高温により稲体の体力消耗が大きいだろう。加えて出穂後、最も登熟が進む時期に低温と日照不足にさらされた事によるものと考えられる。故にクズ米ばかりが平年の2倍の量だ。
 このような結果は、どんなハイテクを駆使しデータを活用したからといって解決出来るものではない。
 収穫作業が大幅に遅れ、好きな山へも行く事ができず少々イラついていている自分である。果ては、「お義父さんが植えた玉葱はダメ、アスパラもダメ、イチゴもみんなダメ」と、それらを楽しみにしていた息子の嫁に言われてしまい、百姓としてのプライドを傷つけられてしまったが「気にしない、気にしない。ただ前進あるのみ」である。
【 笹 輝美 】

   稲刈りを終えた。9月の雨続きの天候と用水路のU字溝からの漏水があり、一部の田が軟らかく田んぼの隅に稲杭を敷きぬかるのを防いだ。作業は今年も難儀した。
 私の村では稲作総面積の1割がえさ米である。8月下旬ホップロールにして牛のえさ用に回す。飼料米とホップロール。昔は一粒の米も大事にしたが、今や牛のえさである。それゆえ、稲刈りを終えていないのはごくわずかだけになっている。
 まずは刈り取りを終え、少しホッとしている。        
【 今田 多一 】

   ・13日に稲刈りを終えた。今年は未熟米が多く豊作とは言えなかった。
近くの山々も紅葉が始まっている。

 ・11日の      NHK「まんぷく」を朝2回、昼も見て、3回とも泣いてしまった。テレビを見ながら涙を流すのは久しぶりだ。出演者が皆うまく、とても演技しているとは思えないくらいにその役になりきっている。誰が言ったか忘れてしまったが「この世に生まれて誰もが自分を演じている。それがその人の人生となる。自分で生まれてくる国や時代、両親さえ選べない。運命としか言いようのないものだ」
  この世では自分で描く台本どおりにはいかないことの方が多いが、最後の幕が下りる時に、自分を演じきった満足感からくるここちよい気持ちの中でこの世を去りたいものだと、このドラマを見て思った。         
【 三原 茂夫 】 
   15日、稲刈り終盤ようやく天気予報に マークが目立つようになった。刈り取りをあと4日残している。
それにしてもこの秋は雨の日が多く、外の作業が進まなかった。加えて、事もあろうに長い間(20年)連れ添ったコンバインが壊れてしまった。操作機能をコントロールする中枢・電子制御が効かなくなった、のだという。しかも、もうその部品の在庫はなく、生産もされていないとのこと。機械に頼らなければ作業は進まない。さてさて、買い替えの選択しかない事態に。
メーカーの違う2機種を試乗運転した。当節当たり前だが、すごく性能がイイ。便利だ。今の機械は更に電子制御化され、農業用でさえマシーンと呼ぶに値する。でも、肝心なところはマニュアル操作でも生きる機械であってほしい、と思う。
必要不可欠だとは言え、半端でない高い買い物をした。
しばらくぶりに”はえぬき“の白米を炊いてもらった。うまい今年は在庫しておこう。【 遠藤 敏信 】
幼稚園の子らが稲刈りに来た1011(E)


新圧発 … 短信集  長 月

2018年9月15日
文責 : 遠藤 敏信
 8月5日(夕)~6日未明と8月30日~31日未明にかけて新庄は50年に1度という大雨に遭遇した。

● 先月2度も大雨になった新庄は、今までないくらいの被害が出た。しかし、西日本に台風が上陸した映像を見てびっくりしてしまった。大阪では屋根が吹き飛ばされ、車がコロコロと転がる。この台風が新庄に来たら、わが家も飛ばされビニールハウスも全壊したに違いない。
 そして続け様に、北海道に震度7の大地震がおそう。全戸停電、交通はストップ。何と脆弱な国だ。
【 三原 茂夫 】

● ※9月2日(日)、村神楽を行った。“五穀豊穣・家内安全・悪魔払ってチョトナー”の掛け声と太鼓をたたきながら村の各家々を門付けするのである。玄関先で獅子おどりをし、獅子頭の口で“頭病みしない様に、風邪ひかぬ様に”と家人たちの頭をかむのである。
そして、ご祝儀と御神酒をいただく。昔は青年団の若い人達の行事であったが、農家の兼業化が進み、やり手が少なくなった。日曜でさえ色々忙しく、出来なくなり、20年位前から隣組が受け持ちになった。私の集落は5組まであるので5年毎の担当となる。昔の青年、60代が大半である。
  ※田んぼの稲穂も黄ばみに拍車がかかり、一部ではコンバインが動き始めたが、私は20日前後の刈りはじめを予定しています。       
【 今田 多一 】

●今年は気候の変動が大きく、新庄を通り過してくれると思っていたがそうではなく、大雨降りで、2回もおそわれ、もう少しで流されそうだった。避難もした。大豆畑も水につかったが思ったほど悪くなく生育しており、豆もその他の物もよく稔りますようにと。                      
【 吉野 昭男 】

● 春に田植えをした稲がもうすぐ収穫期を迎える。九州から北海道まで今年ほど自然災害の多い年は無かった、ここ新庄最上地域も2度の大雨で河川の氾濫や℉土砂崩れなどの被害は大きかった、人的被害は無かったものの田畑の冠水や家屋の浸水など最上全域に被害が及んだ農機具が水に浸り使えなくなって、農業をやめなければならなくなった農家もあった厳しい現実だ ともあれ今年ももうすぐお米を収穫できるのは幸いだと思える、この夏の猛暑でどんなお米ができるか気にかかる。
【 星川 公美 】

● 稲刈りを目前にしてカミさんと2人で無農薬田の雑草のヒエ取り作業にヤッキとなっている。ヒエの穂1本には5000粒以上の実がついており、熟して脱粒する前に抜き取らないと、来年には一面ビッシリと生えてしまい、除草が極めて大変になってしまうからだ。抜き取ったヒエは一か所に集めて乾燥したら焼却する。そのままにしておくと雨や雪解け水・風等で水路に入り再び田圃に入ってしまうのだ。
 7月の猛暑、8月はよもやの集中豪雨が2回も襲い、おまけに低温にもさらされながらも何とか平年並みの作柄が見込まれそうだ。今年全国を襲った猛暑・豪雨・巨大台風は私たちが求め続けてきた便利さ、快適さと効率偏重の行き着いた先の姿なのだろうか。しかも効率は環境や共生の為の効率ではなく、今利益を獲得する為だけの効率なのだから必然の結果なのだろう。         
【 笹 輝美 】

● 8/30夜半から31日未明にかけての大雨はまたもや新たな被害をもたらした。1級河川の決壊にともなう農地への土砂・がれきの流入、道路の崩落・決壊など、5~6日の被害状況を調査・確認したばかりなのに、被害が更に拡がった。豪雪を除けば、極めて自然災害の少ない地というふれこみがくずれてしまった。ゲリラ豪雨は、もはや所かまわず、だ。人的被害がなかったことが、やっぱり救いだ。
 9月。大阪で台風が猛威を振るい車をも飛ばす映像を見て驚いたのも束の間、北海道で大地震が起きてしまった!!謹んでお見舞い申し上げます。言葉がない。

早いもので、もう収穫の季節になった。今後大きな台風などでの災害に遭うことなく、平安な日々が続くことを祈るばかりです。        
【 遠藤 敏信 】



新庄発 … 短信集 葉 月

2018年8月15日
文責 : 遠藤 敏信

  ※ひと月近く雨の少ない日が続き、一部の田んぼでは白く乾き稲が枯れる寸前になっていた。5日の雨は待ちに待った恵みの雨となる筈だったが、300mmを超える大雨となり、市内各地と隣村に被害をもたらした。私の田も3か所ほど崩れた。

※翁長知事が亡くなった。沖縄の声を聞こうとせず、寄り添うこともなく、ただひたすらに対米追従の日本政府に対して毅然と基地撤去を求め続けたその姿勢に気骨ある政治家像を見ていた。戦前の巨大な軍部に一人立ち向かった斉藤隆夫氏と重ね合わせて尊敬していた。志し半ばでの無念の死であった。    
【 三原 茂夫 】


   8月5日、草取りツアーに参加された方々が新庄を離れてまもなく雨が降り出した。少しまとまった雨が欲しいと誰もが望み、恵みの雨となる筈であった。ところが段々雨足が強くなり、川は濁流となり水かさを増した。夜になり、短時間降雨量が観測開始以来最大量となったため、市内全域に避難指示が出されるハメに。
 7月初めの西日本を襲った豪雨災害の比ではないが、道路路肩や田んぼの法面の崩落などが明らかになった。人的被害がなかったことがせめてもの救いだ。
あれ以来、また晴れの日が続く。土砂で埋まった水路を確保し、流された川床の石を積み直し、川から取水するための協働作業がここ暫く続いた。「過ぎたるは及ばざるがごとし」だ。
【 遠藤 敏信 】

6日午前。草取りを済ませたばかりの、あの、渇いたトラスト畑も冠水した
         田んぼ畦畔の法面があちこちで、崩落した。

降雨情報がTV等で全国報道されたことで、農縁の方々からも心配の電話をいただきました。おかげ様で大丈夫です。気遣って下さったことに感謝します。
【 生産者一同 】

新圧発 … 短信集  文 月  

2018年7月16日
文責 : 遠藤 敏信
暑中お見舞い申し上げます
加えて、豪雨災害に遭われた方々に謹んでお見舞いを申し上げます

● 6月末から7月初めにかけて田んぼの水を抜き、中干しをするため排水の溝切りをする。若い時は1枚(30a)に10本くらい切っていたが、年をとるたびに減り続け5本となり、去年は4本に、そして今年は3本にしてみた。ぬかる田んぼの溝切りは本当に大変だ。
◦毎年のように九州・西日本が大雨による山崩れや河川の洪水で甚大な被害が続いている。今年は特にひどく200名を超える死者・行方不明者となっている。そして水道の断水によって日常生活は困難を極め、家のドロを流しての後片付けもままならない。せめて避難所や地区単位に地下水を利用した井戸や発電機の備えがあったらと、テレビを見て思った。
【 三原 茂夫 】

● 西日本を襲った記録的豪雨が起きる前の7月初旬、中干のための溝切りを行った。毎年秋、軟弱な田になるため、10~12株おきに溝を切り、水はけをよくするのであるが30℃超えの暑い日だったため、体にこたえるのである。その後新庄は豪雨にこそならなかったがすっきりしない日が多く、溝は元の木阿弥である。
【 今田 多一 】

● 6月はじめ風邪をひいた為、無農薬田の機具による除草が遅れてしまった。その結果、その効果は著しく劣り、雑草は見事に繁りその後の手取り除草に10日間も費やす羽目となった。高温と蚊の攻撃に耐えながらである。体はヘトヘト、他の作業も自然遅れに遅れ、当然多くの手間を要する事となる。
 作物は生きている為、その各ステージにおいて適度の管理を行わないと労力的にも品質・収量ともすべてがマイナスの方向に作用してしまう。結果、予定していた山行きは中止。又、28歳から続けてきた神室連峰の山道の管理作業も引退することにした。しかし、これからも仲間たちと登山者の安全と自然環境問題に関しては行動してゆきたい。美味しい作物を作る為の大切な水を汚したり失ったりすることのないように。
 今日14日、東北南部が梅雨明け。稲は穂づくりに入っており高温と多照が続くと急速に生育が進む。今後は特に低温や異常高温、長雨や台風の影響がないように祈るばかり。農業にあってはいくら機械化・システム化、データ利用を進めたとしてもどうすることも出来ないのだから。             
【 笹 輝美 】

● 西日本の豪雨被害の報道を見るにつけ、何とも気持ちが重くなります。7年前の大震災の津波のテレビ映像と重なりもします。雨は時に“恵みの雨”とも言われます。しかし、このような場合は“憎っくき”雨になります。「数十年に1度の豪雨」「経験したことのない雨量」というフレーズを最近聞き続けているように思います。何かがおかしい。極端な気象現象。地球の環境に異変が生じ、確実に悪化しているとしか思えません。どうすればいいのでしょうか。           
【 遠藤 信子 】

● 明治の頃、イザベラ・バードという英国人の紀行家が日本を旅して、見た印象を感じるがままに書き連ねた。その中の1つ、「日本奥地紀行」(1878.明治11年6月~9月)に触れる機会があった。新潟から始まるこの旅で女史は、山形県に入ってY市を「エデンの国」、N市を「東洋のアルカディア」、K町を「ロマンチックな雰囲気」などと形容した。ここまでは知っていたのだが、本自体は読んでいなかった。はて、わが町はというと、「新庄は人口五千を越えるみすぼらしい町で、水田の続く平野の中にある。」と書いている。当日(7/15)は雨。宿ではひどく蚊と鼠に悩まされたということも。
 新庄人としては「みすぼらしい町」とあらわされたことを良しとしない。当時、新庄は戊辰戦争関係で疲弊していたらしい。旅人とふれあった人はいない。
つや姫に穂肥を施した。生育は今のところ、きわめて順調だ。 
【 遠藤 敏信 】


ネットワーク農縁 新庄発 … 短信集  水 無 月

2018年6月15日
文責 : 遠藤 敏信


● 先月に引き続き今回もテレビを見ての感想を一つ。NHK「100分で名著 生きがいについて 神谷美恵子」の最終回で私は驚き、かつ感動した。ハンセン氏病で長島の愛生園にいた患者が、友人の朗読する聖書の言葉に全身を貫き通すような大きな力を感じ、どうしても自分で読みたいという欲求にかられる。その人は後遺症で目も見えず、点字を読む指先も失っていたが、わずかに感覚が残る舌先と唇で詠む舌読を始める。こんな読書を今回私は初めて知った。そして読む喜びを感動的な詩に残している。それにしても、この人をこんな気持ちにさせたのは、聖書のどの場面だったのか気になる。
【 三原 茂夫 】

● 田植えを終えホッとするのも束の間、転作田への大豆の播種・雑穀の移植・草刈りと次から次へと作業に追われています。無農薬栽培田の機械除草は16日から始めようと思っています。
 今日、印鑑を携え農業再生協議会の今年の作付けについての申請に行った。転作の確認と慣らし対策の積立金やら、返納金やら、新たな収入保険制度に加入するか否かについて等々問われた。「よくわからない」と言ったら、未定にしておきますね、と言われた。コロコロ変わる農政に百姓たちは翻弄され続けるばかりだ。
【 今田 多一 】

● 田植え後、好天が続いたため、稲の活着が早く生育は良好だ。しかし、自分はと言えば、田植えが終わりホッとしたためか疲れがたまっていたのか、風邪をひいてしまい3日ほど寝込んでしまった。無農薬田の雑草はそんなことには一切関係なく伸びてくる。一日も早く器具を使っての除草を行わなければならないのだが … 。
 昨年10月末、玉葱の苗を200本ほど植え付けた。一昨年失敗しているので今年こそはと張り切っていたのだが、春に芽を出したのは1割に満たない18本のみ。カミさんは「原因は農薬を使わないので、虫ではないか」というのだが、いまだに不明。古来より「百姓の来年」と言う言葉があるが、いつまで経っても一年生と言わねばならない。
【 笹 輝美 】

● 田植えが終わっても忙しい。米粉菓子の加工、畑作物の定植、諸々の事務などなど。そんなことから、家族には無農薬栽培田の草取りは、今年は勘弁願うことを伝えている。
 今日、上京します。6月16日(土)に17年来お付き合いのある川崎市の「こどものいえ もも保育園」に、“笹巻き作り&お米の話”の交流会に参加するためです。こどもたちの主食を担う生産者の一人として、そのお米を作る過程の話しと、園で季節の話題として人気となっているという笹巻き作りの指南のためです。笹の葉には抗菌作用があると言われています。そのことを長い経験の中で、田植え時のおやつとして、また、保存性も良い手軽な糧ものとしての利用に気づいた先人たちの知恵は、すごい!と改めて思っています。
【 遠藤 信子 】

● 雑草が勢いづいている。せがれが無農薬栽培区の手押し除草を始めた。じきに手取り除草に入らねばならない。ウンザリする気分をはねのけて … 。
【 遠藤 敏信 】


ネットワーク農縁 新庄発 … 短信集  皐 月


 2018年5月15日
 文責 : 遠藤 敏信

  「日本一幸せな本屋さん」
 3000人のお客さんが自分のために選んでくれた本を待っているという、NHKテレビ「プロフェッショナル自分の流義」を見る。今日、本を読まない、売れないという時代にあって、どんな本屋か興味津々で見る。(かつて私も古本屋を目指した)
 この本屋さんは、自分で読みたい・他人に読んでもらいたい本を並べている。問屋さんから送られてくるのをただ並べるだけの本屋さんではなかった。本を申し込む時にアンケート用紙(本屋さんはカルテと言っていた)の様々な項目に記入していくと、その人の性格が分かってくるという。そして、この人にはこの本が合うのではないかと選んで、1万円分をセットにして送る。送った相手から感謝の手紙が届く。本人は日本一幸せな本屋だという。見ていると顔も語り口も声までどこか養老孟司先生に似ている。日本一幸せな本屋さんおすすめの本が「逝きし者の面影」渡辺京二 であった。私の知らない作者だったので家になく、図書館より借りて一気に読む。幕末から明治にかけて日本を訪れた多くの外国人の目に、当時の日本人がどう写ったか克明に書かれている。つまり今はなくした昔の日本人の心と生活がこの本には記録されている。地元の中学校の図書館から16万円分の注文があり、本を納める時、生徒さんに向かって言った言葉が「本は皆さんの味方、人生の味方」。それは私達にも向けられた言葉でもある。今までそのことを私は何度も実感している。 
【 三原 茂夫 】

   民主党が政権を担った時、“コンクリートから人へ”と公共土木事業から福祉・医療・介護 … へと方向性が向けられたが、再び政権が変わり、ここにきて私たちの地域にも高規格道路の工事が急激に進もうとしている。プレハブの現場事務所があっちこっちに立ちはじめ、ヘルメット姿の工事関係者が農道で出会うことが多くなった。私の田に隣接する(道路予定地の)山林が伐採された。この春、日当たりが良くなったためか、タラの芽が数多く芽吹いた。おかげ様で3回ほど旬の味をご馳走になった。
 【 今田 多一 】

   ゴールデンウィークの頃は神室連峰のそこかしこに生い茂る山桜が満開となる。その様は吉野の山々や謡曲「鞍馬天狗」を思わせ、超多忙な中でも風流を感じる時である。そんな中、神室連峰で登山者1名が遭難、携帯の呼び出しはするが本人の返答がないということから、遭難ということになり、好転時の3日間は捜査ヘリが飛び、遭難者の家族等は連日山に入って探索を続けたが発見できなかったという。そんなことで、6日目に私たちの山の会からも私を含め3名が加わり、2班計8名が入山した。私達3名と家族1名の班はそれまで探していなかった沢コースでの探索。まだぶ厚い雪田や雪渓、スノーブリッジを渡りながら、雪のために荒れた沢を下る。が、発見できぬままじきに、沢から抜け出るという時、同行の家族に別の班が「発見した」との連絡が入り、急いで沢を抜けるとそこに家族らが待っていてくれ、私たちの姿を見るや川向うから「無事でしたー」と大声で叫ぶ。
  私たちは思わず「ワーッ」と歓声を上げ「よかった、よかった」と喜び合った。捜索の基地となっている登山口の山小屋に戻り経過を詳しく聞くと、途中スマホを落としてしまい、雪田で夏道を見失い迷ってしまったとのこと。それにしても、あの寒い悪天候の中6日間もよく耐えしのいだものと驚くばかりだ。
  後日家族からお礼の電話があった。怪我はなく1日入院しただけで仙台に帰宅したとのこと。本当に無事でよかった。同じ山をやるものとしては、戒めを新たにしたところである。
  そしてまた、超多忙な日常が続いている。
 【 笹 輝美 】

   毎年のことだがこの季節は忙しい。眠りから覚めた様々な植物の芽吹きが進み、樹々の葉っぱが日に日に展がる。自然界もめまぐるしく躍動している。
 新庄も早いところでは田植えが始まった。我が家も代掻きに入った。田植えが済むまではとにかく、家族とそれぞれの予定を計りながら作業の段取りを調整する。
 神室山で遭難した女性が、無事でいることが確認され、探索隊とともに下山した。雨風の日もあり安否が気遣われていた。6日間よくぞ耐え凌いものだと思う。
 再び:新庄藩の火消し組をモデルにした今村翔吾作の時代小説「羽州ぼろ鳶(とび)組」シリーズの第5巻「菩薩花」―祥伝社―が11日に出版された。短信集3月号にもちょっと書いたが、これが実に面白い。ドラマ化を期待しているのだが … 。
今回、出版社と新庄市の計らいで、作品を愛する読者への感謝として、新庄産農産物を使った加工品「HINjo  iinya  FOOD」(新庄いいにゃ風土)がプレゼントされるという企画が加わった。この中には、信子が考案した米粉を使った創作菓子も入っている。新聞に掲載されるまで本人も知らなかったという。
【 遠藤 敏信 】