新庄発 短信集 長 月

                                2020年9月15日
                                文責 : 遠藤 敏信

●8月も下旬に入り、それまでの曇雨天から一転猛暑が続き、人も家畜も作物も皆ヘトヘト。心配だったイモチ病はやはり穂へと移り減収は必至。また、日中光合成ででん粉を作っても夜間気温が高かった為、呼吸作用でそれを消費してしまい、いわばタダ働きといったところ。葉で作られたでん粉が穂へ移行する為には水分が必要であるが、この時期下手に水を入れた後「何とかと秋の空」のように天候が変わり雨となろうものなら、田んぼがぬかるみその後の刈り取り作業が難渋することになる。かといって土壌水分が少ないとイモチ病を拡大させてしまう。この時期の水管理は本当に悩ましい限りだ。いくら科学が発達しても、自然相手の農業はすべて思い通りに行くことは少ない。

 かつて、農業・農協批判が激しかった頃、その急先鋒を担っていた「一郎三ピン」と言われた4人の男たちがいた。その中の一人は今、アダムスミスを気取っていて、彼等の主張は「日本の農産物は国際価格と比べると高い。国が税金を使って保護し高い農産物を作らせている。ゆえに農民は経営能力が乏しく、にも拘らず裕福な生活を送っている。日本経済のお荷物である農業など無くして、もっともっと輸出産業はじめ、サービス業等に力を入れ発展させるべきで、日本から農業が無くなれば、国民は年100兆円得をする」ざっとこんな調子であった。彼等の主張が正しいかどうかは別として、農業・農民がそんなに保護されているのなら、何故離農が続出し、若者が農業に就かないのか?それを聞いてみたい。彼らの迷言はその名とともに後世に残るであろう。
【 笹 輝美 】

●収穫の秋を迎えても今年は少し複雑だ。20年以上続けてきた無農薬栽培を、6月に除草剤を1度使い低農薬栽培に変更したからだ。これまで田の草取り1回と除草機押し2~3回で何とかやってきたが、雑草の多さと除草機押しの時に息切れがひどく、今年は無理と判断した。今まで田の草取りを応援してくれた東京の友人にそのことを伝えた。残念そうな声が聞こえた。
 不整脈と高血圧の薬を飲むようになってから6年。近いうちにこうなるとは思ってはいたのだが、仲間と一緒に作ってきた無農薬米をやめてみると、この時期になってさびしいという気持ちがわいてきた。                           
【 三原 茂夫 】

●今年は農縁が始まってから最もイモチ病の被害の多い年になったようです。例年少しの発生はあるのだが今年のように大発生したことは無かった、7月の長雨による多湿状態でイモチ病が大発生して周りのどこの田んぼを見てもイモチ病で枯れた稲穂が見えて、あちらこちらで薬剤散布の消毒をしている、農薬を使えない私の田んぼはイモチ病が拡がっていくのを指をくわえて見ているだけで、農薬を使えないリスクを最も感じた夏でした。どんな米ができるか気がかりです、せめて食味だけでも悪くなければいいのですが ……。
【 星川 公見 】

●平年なら新庄まつり(8/24~26・今年はコロナのため中止)が過ぎると秋風が立ち、涼しさを感じるのであるが、今年は9月に入ってからも暑さが続き身に応える。9/6、家の前の僅かばかりの田のバインダー刈り、稲杭掛けの作業をしたのであるが、冷たい水を何ぼ飲んだかしれない。そして7日、気温35.7℃である。でも秋彼岸を過ぎれば「寒くなってきたなぁ」となり、朝晩のストーブが欠かせなくなるのだ。やはり、自然の摂理は大きく変わってほしくない。
【 今田 多一 】

●畑作業(培土や草取り)にせよ、注文を受けて加工所にこもる場合でもほとんどは独りで自分が課したノルマと向き合う。だから、外で汗だくになろうとも、疲れはするが苦にはならない。コロナ禍で何が変わったかというと、「3密を避ける」ために縮小や、交流会等の中止が相次いだ。忙しい時は煩わしく思ったりすることさえあったのにそれら、人との関わり・交流が何ともホッとする時間であることに改めて気づく。気兼ねなく往来が出来る日々が戻ることを、切に願っています。
【 遠藤 信子 】

●15日、稲刈りに入った。始めにバインダー・杭掛け部を手がける。わずか10アールばかりに3人がかりで、まる1日いっぱいの作業となった。
作業予定。本格的な刈り取りは16日から。例年通り、早生種から中生種、晩生種の順に進める。ヒメノモチ ~ さわのはな 〜 雪若丸 〜 はえぬき 〜 つや姫へと移行する。天候を計っての作業となるが、①刈り取り〜 ②乾燥 〜 ③一時貯蔵 〜 ④籾摺り 〜 ⓹袋詰め 〜 ⑥出荷 のローテ―ションを約16回繰り返す、ほぼ1ヶ月の長丁場となる。今年の“サグ”は、どげだべ。
楽しみであり、こわさもあり … だ。無理せず臨もうと思う。
【 遠藤 敏信 】

いまでは珍しくなった稲の杭掛け。雨よけのビニールが印象的。(今田君宅)






新庄発 … 短信集  葉 月

2020年8月15日
文責 : 遠藤 敏信

●やはり冬の少雪の倍返しが来た。梅雨が明けたとは言ってもよくもまぁ雨が降るものだ。6月以降、田んぼには一度も水を入れていない。いつもなら出穂のこの時期、受粉するためには水分が必要な為、「花水」と称して水を入れるのだが今年はその必要がない。先日の豪雨こそ新庄では被害が無かったものの、もうウンザリ。
お天道様が姿を見せてくれず、蒸し暑い日は稲の病気でカビの一種であるイモチ病の発生を促していると同じで、そんな天気をイモチ空と呼んでいる。今年は例年よりかなり多くイモチ病が発生しており、今後の天候によっては穂への移行が心配され、気が抜けない。
 県内のお盆はほとんど月遅れの8月で、7日にお墓を掃除、13日に墓参りをしてから集落内の親戚の家々に行き仏壇に手を合わせ、親戚としての絆をより深め、帰省中の人々は近況を語り合い旧交を温めるのであるが、今年はむら祭りやお盆の行事はすべて中止。コロナを心配してのことであるが、自分一人で治まらないことを考えると、万が一を恐れ地方では出来る限りの予防線を張っているのだ。
 百姓は日中の暑い中でも屋外での作業があり、“強盗トラベル”とか言われているメンツと利権のかたまりなんかにかまっている暇はない。いくら立派な発言をしていても自分が動かなければ立派な作物は育ってくれないのだから。
【 笹 輝美 】

●毎年8月に入ると太平洋戦争に関する番組が放映される。今年は ETV特集「焼き場に立つ少年」が心に残った。死んだ弟を背負い、火葬の順番が来るのを唇をかみしめ「気をつけ」の姿勢で待っている写真だ。写したのは米軍カメラマン
ジョー・ オダル。場所や日付の記録もないので詳しいことは今も分からない。この1枚の写真をローマ法王が「戦争がもたらすもの」として世界に発信し話題になった。この写真から少年が戦災孤児であることが解るという。親がいれば少年がこの場所にいることはないと。また少年の鼻に詰め物があることから、原爆症で出血していたこと等。番組の中でこの少年と同じ年頃の人がその後の戦災孤児たちが歩んだ過酷な人生を語った。かろうじて私達の年代ならその話に何とか思いを巡らすことができるが、今の若い人たちには想像すらできないことだろう。
 大人たちがはじめた戦争で家や親を亡くした戦災孤児たちを東京では「浮浪児狩り」の名のもとに、子どもたちを捕まえて鉄格子の檻に入れている写真がある。
【 三原 茂夫 】
●コロナで夏のむら祭りでの子供たちの奉納相撲の中止を知らせる回覧板が回ってきた。そんな中、新聞の川柳欄で「テレワーク 米や野菜が作れるか」の一句が載っていた。なるほど、なるほどと納得し、うまいもんだと感心した。
【 今田 多一 】

●7月末山形県に集中した大雨で、県を縦断する最上川の水かさが増し中流域では濁流が堤防を超え、家屋の浸水や農地の冠水被害をもたらしました。新庄も一昨年の例があるので心配したもののこの度は大丈夫でした。気遣いの電話やメールをくださった沢山の方々にお礼を申し上げます。ありがとうございました。
 7月に入ってから朝1日おきにブルーベリーの摘み取りを行なっています。
9日雨の中で無心になって熟したものを籠に採り入れていて、ふと耳にするのは秋の虫。暦の上では立秋を迎えてしまいました。
今年感じるのは、冬を感じないまま春が来て、雨と曇天続きの7月を過ごし、夏を実感しないまま秋を感じてしまった、ということです。8/10日過ぎに猛暑がきているものの、これって冬の反動かしら、何か変です。    
【 遠藤 信子 】

●年の初めに「今年こそ、心穏やかに過ごしたいものだ」と書いた。ところがなんだかんだと身辺が騒がしく、穏やかな心境になどなれやしない。
 世の中には、思い通りにならない事はもちろん、どうにもならないことがある。何とかしよう、と抗いたくなるがどうしようもない。善意であろうが、好意であろうが全く余計なことになってしまう。ザワワザワワ、煩悩の厄介さに心は乱れる。
【 遠藤 敏信 】 

稲の出穂が盛りを迎えている

新庄発 … 短信集    文 月

2020年7月15日
文責 : 遠藤 敏信
梅雨空とはいえ、雨の日が続く。14日、山形県には低温注意報が出された


●「文明が進むほど天災による被害の程度も累進する」これは80年ほど前に寺田寅彦が述べた言葉だそうだが、大震災から今日迄私達が何度となく直面してきたまぎれもない事実を予言していた事になる。
 九州等での豪雨被害を映し出す画面を見ると呆然としてしまい、見舞いの言葉さえ失ってしまうようだ。あのような災害がいつ、どこで起きてもおかしくないところ迄追い詰められているのに、便利さと快適さに慣れてしまった私達は、なかなか生活を見直すことができず、被災の当事者意識をもつ事も出来ない。私達人間とは何と愚かなのであろうか。
今「何故、ロクでもない日本人が増えたのか」を題材にした本や記事が目につくが、私なりに乏しい知識と偏見で考えてみた。1970年代の学生運動が激しかった後に始まった教育改革の裏の目的は権力に従順な人間を育てることであったと記憶しているが、それが見事に身を結んだと思えて仕方がない。特に新自由主義にとりつかれた人達が巾を利かせる時代になってからは、学問でさえも「今もうける」事につながらない分野は切り捨てるという、近視眼的姿勢が貫かれ、人間としての根源的な生き方を追求する分野などは不要、称賛されるのは金をもうける事のみ。民衆には自己責任を求め、権力を持つ者達は税金と民衆に寄生する白アリに見えてしまう。この先村はどうなってゆくのであろうか?1月に生まれた孫を見ながら、顔は笑みながらも、頭では又そんな愚痴で一杯のジィさんになってしまった。が、まだ頑張らなくては。
【 笹 輝美 】

●新庄は7月に入るや、まさに梅雨空です。九州や中部地方のようなゲリラ豪雨はありませんが、晴れ間が本当に少ないため、大豆トラスト畑の中耕時期を逃してしまった感じです。
 百姓は快晴高温が続くと干ばつや水不足を心配し、雨が多いとイモチ病や災害だったり、畑作の出来だったり、雑草だったり、常に心配で天候に合わせる管理は
毎年違い、毎年、気を使う。
【 今田 多一 】

●コロナ禍、そして特に九州地方に集中したこの度の豪雨災害、大変なことが次々おきて、つましい暮らしを直撃する。喜・怒・哀・楽、いろんなことの積み重ねの上に今がある事に改めて気づく。まだまだ、頑張らねばと思う。 
【 遠藤 信子 】

●今回の記録的大雨で球磨川が氾濫し、大きな被害を受けた人吉市には小さな思い出がある。17年前に九州を回る旅の途中で、球磨川のほとりに建つ国民宿舎に
一晩お世話になった。夕食に地元の老人クラブと一緒になり、遠くから来たというのでずい分と歓迎された。翌朝、奨められた人吉城や美しい青井阿蘇神社等を散策した。新庄と同じように静かないい町であった。テレビには一面泥水に浮かぶ家々の映像が続く。水が引いてもガレキや泥にまみれた家具や家電、ゴミとなった思い出の品々の片付け方が待っている。毎年繰り返されるこの光景を断ち切る術はないものか。
【 三原 茂夫 】

●「目(まなぐ)めーね。耳ァ きけねェ。口と脚ァ もつれてオタオタヨタヨタ、
膝が、いでェ。ほして、胸まで とかとかする」と、半ば冗談めかして言ったら、
家のものに「そげなごど、口さ出さねでけろ」、言葉にするのはやめてくれ、とたしなめられた。視力、聴力、ろれつ、脚力、体幹力が、気持とは裏腹に衰えてきたことを実感する。そんなことは分かっているから言わずともよい、ということか。
 さて、イネの無農薬栽培区が大変なことになっている。コナギという広葉雑草が条間にびっしりはびこり、このままいくと早晩、イネは草の勢いに負けて消えてしまうであろう、という危機にある。今までで最大のピンチだ。
【 遠藤 敏信 】

つや姫特別栽培区と無農薬栽培区比較
私の好きな「ぼろ鳶」、「くらまし屋」シリーズの著者・今村祥吾氏が5月末に出したばかりの新刊
「じんかん」が第163回直木賞候補の一つにノミネートされている(2度目)。発表は今日15日だ。東日本大震災の際、ボランティアに参加しての帰り、新庄に立ち寄り、新庄まつりの起源に触れたことが、「生きることは、人を生かすこと」というテーマとなり、全作品のモチーフになっているという。

新庄発 … 短信集 水 無 月

2020年6月15日
文責 : 遠藤 敏信

●久しぶりのオススメ本は「名著講義」藤原正孝・著/文芸春秋1500円。
お茶の水女子大学の教授が学生とともに1週間で1冊の本を読み、その感想をもとにまとめたもので、私はこの本を手にするまで著者が高名な数学者で父が新田次郎であることや、「国家の品格」を著わしベストセラーになったことも知らなかった。
読んでいて共感するところが多く、先生と学生の会話に久しぶりに新鮮な感動を覚えた。この本が取り上げている12冊の中で特に「きけわだつみのこえ」と「山びこ学校」は学生たちに強烈な印象を与えたようで、私も忘れていたものを再認識させられた。女学生に囲まれてこの先生の講義をうけたかった。
①「武士道」 新渡戸 稲造
②「余は如何にして基督信徒となりし乎」 内村 鑑三
③「学問のすすめ」 福沢 諭吉
④新版「きけわだつみの声」
⑤「逝きし世の面影」 渡辺 京二
⑥「武家の女性」 山川 菊栄
⑦「代表的日本人」 内村 鑑三
⑧「山びこ学校」 無着 成恭
⑨「忘れられた日本人」 宮本 常一
⑩「東京に暮らす」 キャサリン・サンソム
⑪「福翁自伝」 福沢 諭吉
⑫「若き数学者のアメリカから『狐愁へ』」 藤原 正彦

先月の短信集で心配していた「ツバメの巣」は、ネコに襲われることなく6月の初めに巣から数羽のひなが顔を見せました。
【三原 茂夫 】

●田植えを終え、ホットするのも束の間、大豆の播種など次から次へと仕事が追ってくる。
10日、朝仕事で生産者一同、しんがりとなった吉野さんの田植えの終了を待って、今年も種をまいた。
 なお、例年8月第1土日に行う「草取りツアー」今年は中止です。
 この冬は記録的な小雪だったせいか、雨が少ないせいか、わたしの1か所の田になかなか水が乗ってこない。3日に1回の通水を水持ちの悪い田が重なっているためでもある。その上共同ポンプが壊れたせいもある。朝夕だけでは足りない水回り回数である。
【 今田 多一 】

●どうやら私にも“恩給”が付いてしまったようだ。佐賀の農民作家・山下惣一さんによれば、神経痛が百姓の恩給であるそうな。そんなわけで田植えも息子頼みだったが、その息子は若い頃の私と同じくヘマばかり … 。やっと終えたと思ったら、横浜に住む叔父が他界。コロナ禍の中、ビクビクしながら駆け付け、子供のころから何かと世話になった叔父にお別れをした。
叔父たちは自分の生まれた家に帰ることが本当に嬉しかったらしく、叔父3人に私の弟も加わり、一汁一菜のもてなししかできなくても、兄も弟もなく言いたい放題言い合って賑やかにしていた昔日がなつかしい。
【 笹 輝美 】

●先月27日午後に降ったきり、雨がない。そのため、6/6に播いた4種類の大豆(秘伝豆、あおばた豆、くるみ豆、黒五葉豆)の芽がまだ出ない。乾いた畑は恵みの雨を待っている。
でも、待望久しい雨が一昨年8月のような被害をもたらす、ドシャ降りはごめんです。
14日午後、待ち望んだ雨が降り出しました
【 遠藤 信子 】

●この春(4月下旬)、米穀業者と農協を通じて、相次いで「田んぼを作ってもらえないか。」との打診を受けた。私は経営を息子に譲渡しているため、倅の考えを聞くことに。急なことと面積も半端でないことから、「一つは受け、一つを他に頼んでみて、と伝えた」という。
農に携わる人の高齢化、それに突然の病気などが重なると、どうしようもない。他人の手に委ねなければならなくなる。声がけのあった二方は、米作りの上手な精農だった。個人的な規模拡大には限度がある。無理をすれば、仕事全般が手抜きになりかねない。村の中でのやり繰りだけでは処理できなくなってきている。村は変わらないが、田んぼの作り手は目に見えて変わる。
 今回のコロナ騒動で「人が生きるためには本当は何が必要か」を考える。人間の行為には無駄なものなど無く、それぞれに意味があるだろう。けれど、それでも必要なものってぇのは、限られるんじゃないかな、と思う。尤も、それも人それぞれってことか …。
【 遠藤 敏信 】
種まきを終えて 6/10早朝 新庄大豆畑トラスト圃場

新庄発 … 短信集  皐 月

2020年5月15日
                          文責 : 遠藤 敏信

●田植えに向けて只今代掻き中です。田起こしと違い、代掻きは上の田が水を張り、代掻きを行わないと下の方にはなかなか水が乗って来ません。
 自分の都合だけでは思うように作業が進まないのも、水が主役の代掻きです。
私は20日前後を田植え始めを予定しています。
 農作業に集中している時はコロナを忘れますが、夕方の県内感染者の動向を伝えるローカルニュースはやはり気になります。          
【 今田 多一 】

●トラクターを入れている小屋のシャッターを閉め忘れていたら、ツバメが巣作りをしてしまった。本来ならツバメは幸せを運んでくれる鳥として喜んでいいのだが、10年以上も前にこの小屋に巣を作り、子育て中だったところを、家のネコが襲ってしまったことがあったから又同じになるのではないかと心配になったのだ。その時のネコはもういないのだが、5年ほど前に野良ネコが孤独な私をなぐさめようとしたのか家に居ついてしまった。このネコは前のより一回り大きいオスネコで、体重を計ったら6.5㎏もある大物で、時たまスズメなどの小鳥をくわえてくることもある。このネコにいくら言い聞かせてもわかってくれそうもないし、せっかく巣を作っているのにシャッターを閉めるわけにもいかないし … 。  
【 三原 茂夫 】

●4月以降、低温傾向がある為か桜の開花も思ったほど早くはならず、山桜に至っては平年と変わらず、山の残雪も3月頃の予想よりは多く、田圃の代掻き作業に支障をきたすような事にはならずホッとしている。連休中もいつもと変わらず農作業に追われる毎日、夕方になるとヘトヘト。屋敷内に次から次と咲く花々にいやされながら、精を出している。
そんな中、昔聴いた鶴田浩二の歌「傷だらけの人生」がラジオから流れてきた。改めて聴いてみると、その歌詞とセリフが今の世と見事に重なってしまったもので… … 。台詞「古い奴ほど新しいものを欲しがるものです。今の世の中どこに新しいものがありましょう。生まれた土地は荒れ放題、右も左も真っ暗闇じゃございませんか」 歌詞「何から何まで真っ暗闇で 筋の通らぬことばかり 右を向いても左を見ても バカと阿呆の絡み合い どこに男の夢がある」
 すべてが戦前回帰と米国のコピー。新しいのは人類が戦うべき相手・コロナウイルスぐらいではないか。今、儲けるだけの効率から共生の為の効率を考えなければならない時だと思うのだが。                   
【 笹 輝美 】

●我が家は集中する時は一緒だが、普段の仕事は分業状態です。おっとっとは田起こし、代掻き。息子は苗の管理、畔草刈りに大わらわ。私は加工所にこもったり、、草刈りや畑仕事。
普段農道を、朝夕散歩する人は結構います。コロナでの感染拡大防止のためステイホームで過すことを促されている今、時間に関係なく犬を連れたり、子供連れであったり、散歩者の数が目立って増えています。顔見知りでなくても、挨拶ぐらいは交わすことのできる人って、いいな。           
【 遠藤 信子 】

●日に日に草木の葉が拡がる。山肌が彩りと膨らみをを増していく。私は仲間たち同様、代掻き作業の真っ最中。コロナに対する思いも同じ。収束を願うばかりだ。改めて思うことは、人間の暮らしの基本は“医・食・住”が整うことなんだ。経済が循環し、音楽や芸術、文化・スポーツに親しみ楽しむことも生きる力に、大きく関わるんだ、と。

 4月半ば、友人からもらったCDにはまっている。「人生の扉」、「いのちの歌」(竹内まりあ)という2曲が入る。あろうことかトラクター作業で、運転をしながら大音量・エンドレスで聴き入っているのだ。歌詞がイイ。旋律もイイ。柄にもなく涙をこぼす自分がいるから驚きだ。(嗚呼、センチメンタルスプリング) 友曰く、「年とった証拠じゃん。コーヒー飲みに来て!」 「俺、酒の方がイイな … 」
【 遠藤 敏信 】
代掻き作業



新庄発 … 短信集 卯 月

2020年4月15日
文責 : 遠藤 敏信

●山形県内でもコロナ感染者が日々増え続けています。
 やはり目に見えないものは、不安も増します。
 この16日、種まき作業を予定しています。      
【 今田 多一 】

●私は新庄駅に併設されている物産館に農産加工品を納めている関係上、よく駅に出かけます。4月に入り、コロナの感染拡大の影響で、列車や新幹線利用者が激減し、賑わいの玄関口であるはずの場所が見たことがないほど閑散としています。一日も早いコロナ禍の終息をただただ願うばかりです。
  農作業が忙しくなってきました。育苗箱に土を詰め、苗床の整地作業を急ぎ種まきに備えています。                             
【 遠藤 信子 】

●古代遺跡の中には自然災害や戦争ではなく、住民がある日突然にいなくなったりするような遺跡が見つかり、昔からその原因が色々取りざたされてきた。現在ではその多くが感染症のせいではないかと言われている。
 連日、新型コロナウイルスのニュースばかりが続く。人が集まることを前提にしているスポーツ、文化・経済その他諸々が大打撃を受けている。まさか、こんなことになるとは … 。それにしても、このまま岩手県が一人の感染者も出さなければ“高田の松”以上の奇跡だ。     
【 三原 茂夫 】

●4月に入り2回の降雪があり、山に近い私のところは5cmほど積もった。
屋敷内に自生しているカタクリはいつもより2週間ぐらい早く花が咲いている。山の雪はちょうど連休の頃のよう。そんな中、今年の米作りがスタート。種蒔きがもうすぐ始まるが、育苗期間中低温や強風に見舞われることのないことを祈るばかりだ。
 それにしても予想もしなかったコロナウイルスで大変な事態になってしまったものだ。ウイルスの逆襲がささやかれ始めてから久しいが、戦後生まれの私達には感染症と言えば、思い当たるのはインフルエンザぐらいのもの、「まさか」である。
 しかし考えてみれば、中国での発生は別として、世界中にひろがったのは強欲新自由主義が低賃金労働力を漁りまくったゆえの惨禍とも言えるのではないのか? 国内で起こっている少子化・東京一極集中等の諸問題と根は一つと言えよう。
 稲も又、低温・日照不足が続くとイモチ病が発生、アッという間に広がって行き、米作りの歴史はイモチ病との戦いの歴史でもあった。イモチ病にかかりにくくする為には、健康で丈夫なイネに育てることが第一。その為には適正な肥料と適正な単位面積当たりの茎数(穂数)・水管理・ミネラル分の補給(健康な土づくり)等が上げられる。いくら機械化しようと米を作るのは稲で、稲を育てるのは土と水とお天道様で、私たち人間は生育環境を少しでも良くする為に少しばかり手を加えているに過ぎない。
 最新の機械を揃え、あまり手をかけずにスマートに行きたいものではあるが、費用対効果や作物がそれに答えてくれるのか …… ? 
【 笹 輝美 】

●世界中で新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。大変な事態だ。
私たちは今、当たり前だと思っていた日常を失い、価値観の見直しを迫られ、目に見えない脅威におののきながら暮らしている。
桜がほころびだした。季節の巡りはいつもと変わらず生命の躍動が始まる。
春野の農作業が始まった。もうすぐイネの種まきをはじめる。
皆さん、どうか気をつけてお過ごしください。      
【 遠藤 敏 】
杢蔵山方面を望む

新庄発 … 短信集  弥 生

新庄発 … 短信集  弥 生
2020年3月15日
文責 : 遠藤 敏信

● この冬は「こんな経験は初めて」と思うような事が何と多いことか。
1.印象的に、今までになく雪が少ない冬だ、と感じたこと。(実は2番目でしたが)
2.新型コロナウイルスの感染騒動で日本中(世界中)が大混乱。WHO(世界保健機関)はついに“パンデミック”(世界的大流行)を宣言。あらゆる集会の中止や制限がなされ、今まで経験したことのない事態に陥っています。この先どうなってゆくんだろう、と心配している今日この頃ですが、何とか確定申告書だけは整え、一息ついています。  
【 遠藤 信子 】

● 雪無しのまま、とうとう彼岸の季節となってしまい、会う人会う人「このままでは済まないだろう」という話ばかりである。
 近くの民有林からは毎日チェンソーのエンジンが鳴り響き、杉の木がどんどん伐り倒されてゆき、慣れ親しんだ光景がすっかり様変わりし、私達が生きてきた時代の変化とオーバーラップする。
 今、巷には「忖度主義社会(そんたくしゅぎしゃかい)」、「三権融合(さんけんゆうごう)」「寄生壊攪怪疑(きせいかいかくかいぎ)」「狂騒力酔震会議(きょうそうりょくすいしんかいぎ)」「地方葬整(ちほうそうせい)」といった新語があることを耳にした。ナルホドと変に納得してしまったが偉い人達のやっている事は、国民にいかにウソをつきゴマ化し、そして利権を手にするかだけ、と私達の目には映ってしまう。また民主主義を口にはするが明治憲法の復活を目指す一群に名を連ねているセンセイ方の何と多いことか。詐欺との電話が日常茶飯事かかってくるような社会にしたのは誰なんだ、と一人でウルイに向かってイキ巻いていた。どうも年をとってくると愚痴が多くなってくるようだ。反省。                            
【 笹 輝美 】

● この冬はやはり、異常に雪が少なかった。約4ヶ月の間にトラクターで排雪したのは5〜6回位しかなかった様な気がする。雪もなく仕事もなく、ヒマだったにも関わらずあっという間の
3月である。

 BS新日本風土記“釜ヶ崎”を見る。60年代後半から70年代の高度経済成長期、新庄も有数の出稼ぎ地帯であり、私も若い頃、行ったことがあり親近感が湧く。
山谷、寿町、釜ヶ崎は日本の三大寄場と言われている。近寄りがたい場所、近寄ってはいけない場所のイメージが強く私も行ったことがない。でも、出稼ぎで団地の舗装工事で働いていた時、寄場から4〜5人派遣されてきた。出稼ぎの人達は勤勉に動くが、寄場から来た人は賃金をもらうとすぐ休むのである(その現場は月2回の支払いがあった)。寄場の人達は帰る家がなく、出稼ぎの人達は4月になると帰る家がある、という違いがある。
 画面は現在の釜ヶ崎の一部の日常を点描する。人口2万の釜ヶ崎で、65歳以上の人が45% で、その半分が生活保護だという。生活保護費支給日には、必ず最初に米を買う。先祖が秋田だという人は、銘柄米のあきたこまち。安い米は買わないで、米だけは高いものを買うと言う。今高齢化の中、3Kのきつい外仕事は多くの外国人労働者、非正規からもこぼれ落ちた人達が担っているのではないだろうか!   
【 今田 多一 】

● 皆さんはNHKテレビのアナザストーリー「イムジン河」を見たでしょうか。分断された時代背景、構成、全体のストーリーを映像と北朝鮮に配慮し、歌詞のないオーケストラ用に編曲された「イムジン河」という望郷の音楽が流れる。この曲に込められた思いを北山修(元フォークル)、カン・イルスン(元朝鮮学校教師)、リ・チョウル(元朝鮮総連職員)、坂崎幸之助(アルフィー)、蓮池薫(元拉致被害者)らがあつく語る。
 番組の最後に当時、朝鮮総連にいて、日本語歌詞に抗議した側にいたリ・チョウル氏が作詞した松本猛氏にメッセージを届ける。「この年になってあなたの作った歌詞に込められた、私達に寄り添う真心が分かった。感謝しています」と。それを聞いて、松本はこみ上げる涙をこらえ、そっとハンカチで目を押さえる。
優れた映画を見たように、私は感動した。
【 三原 茂夫 】

● 「アナザストーリー“イムジン河”を見たか?」と三原さんから電話をもらった時、私は、とあることで検査入院のため病院にいた。「オメ見だら、きっと泣くぞ。DVDに録画しておぐがら、後で見でみろ」 「余計なお世話だ」 が、なるほど、いい発掘話だった。
 年齢を重ねると、様々なことが否応なく身に迫る。迷わず進もうと思う。
【 遠藤 敏信 】
稲の苗代用地 2018.3.31

稲の苗代用地 2020.3.14