新庄発 … 短信集 … 文 月

 2026年7月15日
編集 : 遠藤 敏信

●宮沢賢治の星めぐりの歌には9つの星座が出てくるという。私はその数までは知らなかった。そして全天空には88の星座があるという。新庄在住のアマチュア天文家のAさんから賢治の星めぐりの歌の星座9つと自分の作詞に15の星座を入れ込み24の星座名の歌がアマチュア天文家の雑誌 “ 天界 ”に掲載された資料コピーを頂いた。
 そして、今回6月30日、― 李政美 LIVE ― でその24座名を入れた星めぐりの歌を歌ってもらった。それから、韓国から新庄の隣り戸沢村に嫁ぎ、活躍しているSさんは戸沢村で一番テレビに出ているとも言われ、久しぶりに参加してくれた。日本の朝鮮統治下の頃から長く歌い続けられている別れの演歌“木浦の涙 (モッポのなみだ)”を政美が唄うのを聞き涙ぐむ姿を見た。やはり、望郷の思いが沸いたのではないかと思った。
李 政美LIVE より
【 今田 多一 】

● 幼苗を植え付けて早50日かな。お陰様で田んぼの稲は元気に育っています。自分の種を残すために稲も頑張っているのです。今は、自分の体づくりをする栄養成長期と種を残す生殖成長期と二つの工程の分かれ目、転換期なのです。順調に育ってくれよと願うのですが、皆さんも一緒に想いやって下さいネ。
【 高橋 保広 】

●昨年から紙を水田の表面に敷き詰めて田植えをする紙マルチ栽培に取り組み、草取りの作業がずいぶん楽になりました。敷き詰めた紙は刈り取りの頃までには、土壌中の微生物に自然分解されて土に戻ります。人力での草取り作業に限界を感じてきてましたのでこの栽培方法で無農薬栽培に取り組んでいきたいと思っています。
 暑さが厳しい季節になってきました。農作業も外での作業は大変です。朝早く涼しい時間帯に作業を行うようにしています。皆さん、ご自愛ください。
【 星川 公見 】

●先日、両目の白内障の手術を行いました。1か月間は過度な作業をしないようとの指導を受けました。でもこの季節、何かといそがしい。冬にしとけばよかったと思うのですが、眼科医が少なくなった今、どこも混んでいるみたい。それにしても、時機を考えるべきだった、と反省することしきりです。
 私には村に、屈託のない3人の仲間がいる。お茶を飲んだり会食をしたり…。農業においてはそれぞれがプロだと思う。こうした仲間の存在が私を元気づける。
【 遠藤 信子 】

●農縁の発足は1995年3月である。農縁だより「短信集」の発行は前身の「イバラトミヨ」を含めると通し番号こそつけていないが、30年を超える。30年としてざっと30×12=360号くらいだろうか。
初めがあれば、終わりもある。唐突だが私の手による「短信集」を今号をもって閉じたいと思います。今号をももって廃刊します。ありがとうございました。
【 遠藤 敏信 】

新庄市の象徴花「あじさい」




新庄発 … 短信集 … 水 無 月

 2026年6月15日
編 集 : 遠藤 敏信


●田の水回りをしていると、私の集落でも直播栽培の田んぼが増えてきた。作付面積を拡大するとやはり省力化せざるをえない
 私の集落では共同化、法人化経営ではなく家族経営である。そしてこれ以上の規模拡大は無理だともいう。昔、私の集落戸数は60軒だったが今は47軒である。
【 今田 多一 】

●メコンの思い出 : トンレサップ湖
 メコン川の水もどんどん増水。トンレサップ湖への逆流する流れも速く、以前より5mも水位が上昇。土手が流れに崩壊。これが湖に流れ肥沃な土壌となり、農業がすすみ、文化文明がはぐくまれ、アンコールワットやトムが繫栄する。ここに住んでいた人々はヒンズー教を信仰していたようで、カースト社会。農民を基盤とすると便利な社会なのか。この湖は不思議な湖だ。シナ大陸チベット奥地に源を発し、インドシナ各国を流れベトナムの海にそそぐ長大なメコン川。上流に雨季が来ると増水し、下流のメコンデルタ地域に流れてくる。この時、この湖は水量調節池になる、増水した水は川をさかのぼり、湖に入り、乾季になるまで保水する。雨季の初めに種をまき、乾季に収穫。湖の水を利用しもう一度栽培ができる。このころのタイのバンコクはシャム湾の海水の下でまだ無い。アンコール国が盛え、そして祇園精舎ともいわれた巨大建築物を作りながらも消えていく。そして熱帯雨林の中に埋もれ、忘れ去られていった。メコン川の支流、トレンサップ川に富士重工によって橋がかけられたが、内戦によって破壊される。ロン・ノル将軍により追放されたアヌーク殿下の農村での人気は高い。首都プノンペンでこの河川は合流するが 、シナ人やベトナム人、カンボジア人の血を流した[u1.1]メコン川の流れは変わらない。(当時の日記から) 追記:この橋はカンボジア国の紙幣の裏に印刷されている。
新庄農縁助っ人 【 野越 修 】

●最近、自宅兼事務所のシャッターを開けると、ツバメのつがいが何度も入りこんでくるようになりました。巣作りの物件を探しているのでしょう。どうしょうか … とこちらも迷っていました。
 ツバメが決めた場所の真下には営業車が置いてあり、汚れるのも困るなぁ … シャッターが閉まる時間は出入りできないしなぁ … と、巣が完成する前に追い払う方がいいのか、とも思いました。
 結局、朝5時にシャッターを開け、夜8時まで開けておく。車は別の所に移動し、できるだけ刺激しないで見守ることにしました。子育て期間は1か月から1か月半らしいので、そのくらいならちょっとだけシェアしてもいいかなぁと。
 何事も、自分側からだけみたらメリットがないことを「無駄」といって切り捨てるのは簡単です、でも視点を変えてみると、まわりまわってその譲り合いが、いつしか何かをもたらしてくれるかもしれない、そう考えていつもと違う選択をしてみるのも必要かもしれません。
【 工藤 恵子 】

●1回目の中耕除草を終えました。我が家の有機栽培(無農薬・無化学肥料栽培)は、紙マルチではなく中耕除草2回とアト手取りです。除草機は今生産されていないらしく、先年特注で求めました。3条の中耕機を2条またがけで行うので時間はかかります。でもこれを繰り返すと、何とかなる。今はこれをする農家などなし、と聞くと逆に、張り合いが出る。
【 遠藤 信子 】

●田植えをしてから約4週間。有機とはいえ、窒素成分≒1㎏というのは心もとない。ぼかし肥えの場合、即効性でないためなかなか、施すのが難しい。腹をくくろう。
  新庄まゆの郷、道の駅隣にそば屋ができた。昼時を避けて出かけたら声をかけられた。「店やっちゃいました」退職まじかの市職員、OB・OG等が手がけたものだ。
うまかった。がんばれ、応援したい。
【 遠藤 敏信 】

1回目の中耕を終えた










新庄発 … 短信集 … 皐 月

               2026年5月15日                              
発 行 :  遠 藤 敏 信


●今、代掻き真っ最中である。なかなか水のりが悪く、思ったように作業が進まない。上の方で一番代掻きを終えないと下の方に水が乗ってこない。加えて一日中トラクターに乗っているとくたびれが違う。やはり寄る年波には勝てない。
【 今田 多一 】

●昨年の秋に農縁の生産者の方と台湾旅行を行った。新庄を早朝に立ったが、夕食は台湾の高尾市で夜市の台湾料理を堪能した。翌日、紅毛湾保安堂を訪問した。ここは大東亜戦争で撃沈された第38号哨戒艇の英霊145柱が地元の方々により祀られている。日曜の早朝にもかかわらず開いていた。さらに日本人がいるというので連絡してくれた。その方は木村さんという方でボランティアでここの説明をしてくれた。ここの後に台南市の王行徳記念館に行く予定と話すと、彼は多分、私らが最後の講義を聞いた学生です、とおっしゃられた。
 王行徳記念館は台風の影響で修復のため休館中でしたが、この方のお孫さんがネットワーク農縁のメンバーで東京川スタッフの一員であり … 中略 … … 後略。  
 助っ人 【 野越 修 】

●田んぼに水を張り代搔きの作業をしています。先月種をまいた稲の苗も田植えができるほど育ち、来週には田植えを始める予定です。年々気温が上がり稲の生長も早くなっているようで農作業もそれにあわせて進めています。また5月中旬というのに夏日になる日もあり、暖かいというより暑くて農作業も大変です。で、このまま温暖化が進むと大変な時代が来るような気がします。
【 星川 公見 】
 
●「ネットワーク農縁」というネーミングが私は好きだ。特に「縁」という言葉が良い。
 人と、または物事との運命的な関係を意味し、めぐりあわせを意味する言葉だ。まさに30年以上もの間、生産者と消費者が連携し食と農を切り口に活動を続け、その「縁」で結びついた人たちが繋がっていると感じている。
私がネットワーク農縁と最初に繋がったのは平成21年度末のことだった。高橋保広さんと佐藤恵一さんと名刺交換したのを覚えている。そこから8年度、突然に新庄事務局として農縁の財布を預かることになり、あれよあれよという間に今に至る。きっと縁があったのだろう。
 不思議なことだが、しばらく会わなかった人や忘れていたものでも、縁があると必ずまた一緒になるから面白い。そう考えると、今お世話になっている人や身近にあるモノやコトすべて、いわゆる「縁」で繋いでくれたから大事にしなければ、としみじみ思う。 
【 工藤 恵子 】 

●今年、初めてゴールデンウィークという気分を経験した。耕作面積を大幅に縮小したことにより 暇ができたのでこの忙しい時期にかかわらず、遠出する機会を得たのである。秋田の稲庭うどん、酒田のラーメンなど、食べに行った。連休中なのでどこも混んでいた。並んで待つことが苦手なので、目指す処が別になってしまったのが残念だった。
【 遠藤 信子 】

●今年は稲作・畑作共に有機栽培仕様でスタートした。稲作では基肥はコヌカ・堆肥・ボカシ肥で窒素成分は1㎏/10aそこそこ。「つや姫」を作りたかったのだが正規の場合、制約がある。過去の1等米出荷の実績や栽培面積3町歩以上という条件に満たなくなったのだ。
やむなく今年は、さわのはなとコシヒカリに決め、苗を育てている。心配なのは近年の夏の暑さに特にコシヒカリが対応できないでいるということだ。
【 遠藤 敏信 】
掻きが盛んだ






                                              

新庄発 … 短信集 … 卯 月

 2026年4月15日
発行 : 遠 藤 敏 信


●毎年この時期、同じことを書いている気がするが、家の前から見る月山が良いのである。裾野の方まで残雪があり、山頂部は真っ白である。
 春の農作業も本格化し、私はこの19日に種まき作業を予定しています。そして村の共同作業がある。村を流れる堰の泥を上げ、泉田川土地改良区の水路掃除と続きます 。
【 今田 多一 】


●「雲の柱」第31号の1節から
 少し古い引用ですが、「西暦100年における協同組合」(1980年IOA大会基調報告AF.レイドローは「我々が住む世界がこれから迎えようとしている時代を見る鍵の一つは環境の劣化」であると指摘しました。「今世紀は過去のいかなる時代にもまして、人類が環境を汚染してきた時代であった」と述べています。そして、その典型的な事例として、有害化学物質の排出による太鼓汚染、酸性雨、土壌汚染による砂漠化、熱帯雨林の減少、動物の多くの種の絶滅、そして究極の汚染物質である「核廃棄物」による汚染を列挙し「もしこの惑星、地球を人類が借り受けたものと考えたならば、今や我々の借地権が切れる時期が最迫っている」とまで指摘しています。
 未来の農業がどのような農業になっていくのか、考えさせられるのです。
【 吉野 昭男 】


●新庄まつりの記憶から
 新庄まつりで並ぶお店の中にイラン人のやっている店があった。近くにタイのラーメンの店もあり、毎年同じような場所でやっていたので話す機会があった。毎年来ていたが最近はわからない。日本語が達者な方だった。
 イスラム教の聖地、イラクのカルパラの話をしたことがある。イランはアーリア人でペルシャ絨毯や正倉院に保管されている宝物など、古くから栄えていた大帝国で秦の始皇帝はペルシャ系ではないかと言われている。
 その国に奇襲した国は1948年パレスチナ地域に建国の国イスラエルと1776年建国の、イングランド地方から追い出された、キリスト教原理主義者的なピューリタン(清教徒)連中が原住民を殺害して作られたアメリカである。
 イランに奇襲した両国に共通しているのはユダヤ教とユダヤマネーである。このアメリカが直接戦さを仕掛けた国はハワイ王国・スペイン・フィリピン・大日本帝国・朝鮮・ベトナム・アフガニスタン・イラク・リビア・シりア・ベネズエラ……
 ハワイ王国は消滅、大日本帝国は負けて日本となり占領が続き、朝鮮は北と南に分かれ、ベネズエラは成功だが、そのほかの国はどこも負けてはいない。力の支配でうまくいった日本を参考にしているのかもしれないが、歴史のある国を簡単に占領支配できると思う政治思想の浅い世代が世界を動かそうとしているのを危惧する。
 ベトナム戦争は1964年、トンキン湾をきっかけにアイゼンハワーからフォードまで5代の米大統領にまたがり、泥沼化と撤退が続いた。ケネデイが軍事顧問団を増派し、ジョンソンが北爆と大規模介入で戦火を拡大。ニクソンがパリ和平協定により軍隊を撤退(1973年)させたが、戦争は泥沼化し、今もその痕跡をとどめている。
 第一次・第二次欧州大戦の結果、建国されたイスラエル国は多民族国だがこの中心はユダヤ教を信仰するか、ユダヤ人を母とする人々である。このユダヤ教に近いのがプロテスタン信者で大統領選挙に関係しウォール街を牛耳っているといわれている。この両国が突然イランを奇襲した。
 イスラエルはトップの個人的な理由からであろう。エスタイン文書を使い、アメリカのトップを利用し仕掛けた攻撃が一服してもまたすぐ再開する。ヘブライ人の旧約聖書からローマ時代の新約聖書、イスラム時代のコーランといった宗教からの基本理念、解釈の相違、選民思想など複雑に絡んでいる昨今、簡単には解決しない。少なくとも150年位前のように食べ物だけは自給できるようにしたいものです。              
新庄農縁助っ人【 野越 修 】


●3月31日、東京での「第2回令和の百姓一揆」に参加してきました。日本の食と農を守ろう・育てようと、青山公園に集合し渋谷までの約6kmコースを歩きました。参加者1200名。全国22か所で同時開催とのこと。農縁からは、藤岡さん、依田さん、中村さん、大野さんご夫妻、麦田さんと相方、大豆トラストの鈴木さん、伊藤さん、それに新庄から私とおっとっととの計11名参加でした。
 翌日、伊豆まで足を伸ばし、自然食ごはんを手がける「のどか」の友人を訪ねました。
とてもとても濃密で有意義なひと時でした。
【 遠藤 信子 】


●パイプハウスにビニールを張り、ブルーベリーの畑に難儀して防鳥ネットを張った。いよいよ農作業が始まった。もっとも田んぼは10数分の1以下に減らした。
 先日、ツレと一緒に「百姓一揆」に参加してきました。東京の友人たちが会いに来てくれたこと、荷物まで持ってもらって、感謝です。加えて、翌日と翌々日足を延ばした伊豆で旧友と会えたこと。この旅のハイライトは人との出会い、旧交を温めたことにあった。行けてよかった。みんな、ありがとう。 
 【 遠藤 敏信 】 




新庄発 … 短信集 … 弥 生

2026年3月15日
発行 : 遠藤敏信

●この秋で私も後期高齢者である。「誰もがみんな老い、そして誰もがみんな死んで
ゆく。誰もが歩む道である。」高橋源一郎・著(朝日新書)“僕たちはどう老いるのか”の一説である。
  若い時は頭では受けいれ、わかったつもりでいるが実感できない。でも今、私は当事者である。
 【今田 多一 】

● 雪解けがいつもより早い。ふきのとうは、まだのよう。
大いそぎの春とは言いえて妙。「 乾きたる土の上なり 残る雪 」 (読み人知らず)
【佐藤 恵一 】

●今年は雪が多かった・連日降り続くと家屋の上には1m以上の分厚い雪の布団が被った状態で、その重みが小屋をつぶしたり、軒を折ったりする。そのままにはしていられず、晴れ間があると皆一斉に除雪を始める。高齢者一人暮らしは自分でどうにもできないから、助けを待つしかない。こうした雪国の暮らしは、大変なことも多いが、「困ったときはお互い様」の精神を高め、知恵を持ち寄り助け合って、時にはじっと耐え、農作業に代わる冬季間の手仕事として美しい民芸品を生み出した。そして春に焦がれる思いは豊かな精神性を育んだに違いない。
 さて、私は吉野昭男さんの姪っ子さんとともに街づくりの活動を行っている。空き家が増え商店街の店も閉めるところが増えたが、「何も無い」と嘆いているだけでいいのか?家主に了解をとり物件をDIYして、そこで古道具や手仕事品を展示販売、古い映像の映像の上映会、地域の人の寄り合いをしたり、昔ながらの長屋のような居場所を作っていく。地域の「ヒト」、まだまだ使える「モノ」、雪国に古くから備わっている「コト」に光を当てる・なんでもかんでも古を新にする生活から。自身で工夫し作り出していく意識を作ってみませんか?と提案している。1月からその居場所で連続3回の勉強会を開催した。佐藤恵一さんも回参加してくれた。同じ意識を持った仲間の取り組み事例を共有するトークセッションは少人数ながら濃密で深い学びと気付きがあった。動画アーカイブも残っているので、興味のある方は有料ですがご覧いただけると嬉しいです。ぜひぜひ!
【 工藤 恵子 】

●今年は、いつもの年より雪解けがおそく。今日除雪をしています。それからガソリン代が2月には下がりはじめたと思ったら今度は高いどころではなくなりそうだが、
どこかの国の人が、自分だけが良ければと、そうゆう風に思える。おかしな、おそろしい時代に進んでいるようにおもえる。そんなことがないように願う。
【 吉野 昭男 】

●アメリカの大統領にT氏がなったとき、かの国民を疑ったもののだが、この2月日本の衆議院選で自民党が大勝したことにとても驚いた。
  数の力に任せて、さっそく予算案の採決を強行した。早くもおごりが始まったようで先が思いやられる。
【 遠藤 信子 】

●昨年はコメの価格が高かったために収入はいつもより多かった。確定申告が終わ
ったが、予想されることは所得税、市県民税、消費税などで差し引かれ結局残りはいつも通り、となる。
 3月29日、東京での第2回百姓一揆に参加します。時間の許す方のご参加をお願いします。
【 遠藤 敏信 】
青い空、白い雲





新庄発 … 短信集 … 如 月

 2026年2月15日
編 集 : 遠藤 敏信


●昨年、町の歯科医院の待合室で若い人と話す機会があった。ラオス人だった。ラオスのどこかを聞くとセコンだという。懐かしく話し込んだ。新庄にもラオスの人が来ている。
 ラオスのことを説明したい。北から南へ2千キロあり日本の本州と同じ面積だ。この大地を横断しているのがメコン川です。北は中華で西にミャンマーとタイ。東はベトナム。南はカンボジア。海はないけど海産物は不自由しない。米が主食はどうかは別にして、美味しい。特に焼酎はもち米から作ったのは何とも言えない。約二月くらいできたから南へと出回る果物、イチゴなどもうまい。さっきの人のセコンはコーヒーのおいしい所でもある。メコン川の大ナマズも最近は養殖されて新庄のスーパーにも並んでいる。その名は「パンガシウス」。ご賞味あれ。
農縁新庄・助っ人【 野越 修 】                                  

●先月18日頃から今季一番の寒波が長く続き、一時174cmになり、雪の排泄作業に追われた。母屋の方は落雪したが、納屋や物置小屋は屋根から軒下まで雪が続き、そこの掘り出しを2回もやると、年をとってくるともう「降らないでくれ!」と願いたくなる。
 でも、10頃から気温も緩みがちである。天気予報でも雪マークも少なく青空が見えたりすると、この冬の峠も超えた感じにもなる。 
【 今田 多一 】

●新庄も連日雪が降り続き大雪となり、屋根から落ちた雪が2階の窓からつかめるくらいになり、除雪が大変でした。12日から稲の種もみの配布が始まり、野菜の苗の発注もまた始まりました。 
【 吉野 昭男 】 

●評判が良いというので映画「国宝」見てきました。伝統の世界、繰り返される所作・稽古、きらびやかな舞台。大画面に引き込まれました。
 私が特に印象に残った場面。田中泯が演ずる歌舞伎役者が人間国宝に認定されながら、引退。晩年、せんべい布団があるだけの、何もない畳の部屋で死期を待つばかりのように横たわリ、言う。「きれいなものは何もなくていい」、「心が安らげればそれでいい、もう頑張らなくて…」。鍛錬を経て、解放された“無”の境地なのだろうか。わけもなく涙があふれたシーンなのでした。 
【 遠藤 信子 】

●この冬の雪は大したことはないと思っていた。が1月下旬から2月上旬の連続的な寒波であれよあれよという間に170cm超となってしまった。
 屋根からの落雪で北側の窓が埋まり、台所や茶の間の窓がふさがれて、掘り出さなければ、灯りがとれない状態になってしまった。
 昭和の初め、山形に「松岡俊三」という代議士がいた。国会で初めて雪害ということを訴えた人物である。新庄に現存する「雪の郷情報館」(旧・雪害研究所、後の農林省農業総合研究所積雪地方支所)がその名残だ。メディアの普及で雪国の事情は全国的に伝わるようにはなったが、経済的にも負担が大きいことにはあまり触れてはいない。せめて1メートル未満なら我慢もできるのだが、という声が聞こえる。
 2月8日、衆議院議員選挙。結果、自民党大勝。なして? なぜ? Why? 残念!!
【 遠藤 敏信 】

2月初め




                                 

新庄発 … 短信集 … 睦 月 

 2026年1月15日                                               編 集 : 遠藤 敏信


謹賀新年
お健やかに新年をお迎えのことと思います。
本年がみな様にとって幸多い年になりますよう
心よりお祈り申し上げます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
【 高橋 保広 】

●昨年末、鎌倉の「聖母訪問会モンタナ修道院」会報 「訪れ」 をいただいた。
世界でカトリック信徒は14億人、国内では40万人と聞いたことがある。昨年フランシスコ教皇が亡くなり、新しい教皇を決める選挙を”コンクラーベ“ということを博学の友人三原茂夫さんから聞いていた。多数決で決めるのではなく、全員が納得するまで話し合うのである。だから、煙突の煙が変わる時間がかかるのである。私たちはそれこそ〝根比べ”だなぁと言ったことがある。日本の政治が「数の力」だというのとは大違いだ。そして新しい教皇・レオ14世が誕生した時、米田ミアル総長はローマに居たそうだ。サンタマリアスジョーレ大聖堂で前フランシスコ教皇のミサにも参加したと書いておられた。
 私は74歳になり、消えゆく農民になりつつありますが、ネットワーク農縁に参加したおかげで聖書の1ページも読んでいないのに暖かく受け入れて頂き、改めて皆様方との出会いに感謝しているところです。
【 今田 多一 】

●あなたの主食は何ですか?
地域や地方によって異なりますが、おおざっぱに言って、米・麦・トウモロコシ・芋でしょう。
気候にも左右されますが、それぞれ多様な主食として活躍しています。たまに食べると美味しいですが、やはり私たちアジア人はコメが中心でしょう。コメの生産量は約8億トンほどあるようですが、主なコメの種類は、インディカ米・ジャポニカ米・ジャパニカ米ですね。ジャパニカ米はごく限られた地域ですが、名のように、日本ですね。米は熱帯性の植物なので日本には誰かが持ち込んだのでしょうね。
7300年前に火山の噴火があり、何とか難を逃れた縄文の一部の人々の辿り着いたところが長江流域。そして三皇五帝の頃、神農や兎から学び生活すること、幾星霜。語り継がれてきたご先祖様の話から故郷に戻る人々によって新たなコメ作りが広まってゆく。やく6000年ほど前の岡山県にある遺跡からイネのプラントオパールが見つかっている。火山爆発から生き延びた縄文人は各地に避難し、時機を見て戻って来るが、農耕としての米は南方の長江流域からと思われる。現在の北京や朝鮮半島での稲作は気候的に困難であろう。縄文人に感謝します。
農縁新庄助っ人 【 野越 修 】

●あけましておめでとうございます。月日が経つのは早いもので正月も早半ば。今日も降雪、トラクターで除雪作業。寒中なので今年も凍み大根づくりにかかっています。毎年同じ作業。良い年になりますように。
【 吉野 昭男 】

●暮れから正月にかけてはいつもながらあわただしい。これはひとえに私の怠惰な性格によるものに違いない。暮れまでに市の農業委員会を通して、借りていた農地を契約解除し自作地の大部分を第三者に委ねる契約を結んだ。離農への準備が着々と進んでいる。
 そんなこんなしながらそれでも100食を超す年越しそばはちゃんと打った。
ところが、だ。2日夜、よほど気が緩んでいたのか、酒の飲みすぎで、ほでねぐなって転んでしまった … らしい。
 目覚めるとあばら骨が痛い。せきこむと痛みが増す。休み明けを待って、医者に行った、結果、「折れてます」。さんざんな年明けとなった。皆様に幸あらんことを祈ります。
【 遠藤 敏信 】 

●私の実家の集落には神社の煤払いの日12/28に正月準備として餅を搗く文化が残っている。今は購入して済ませる家庭も増えただろうが、両親は未だに毎年家で餅を搗いている。コロナ時は餅つき器を使ったものの、この度は臼と杵で本格的にやるというので、私も娘と息子を伴って手伝いに参上、翌日筋肉痛になるのを覚悟して、皆で大笑いしながら代わる代わる餅を搗いた。実は母方の伯父は林業を営む傍ら臼を手彫りする器用な人で、出来上がった臼を親戚や知人に譲ったりする面白い人だった。今使っているのは幼い時から数えて3代目、もちろん伯父作の物だ。
  田舎の伝統や文化を支えるのは、こうした手づくりの物や何げない工夫と技だと私は思う。無いからできないにせず、別のもので代用したり、できる人が作ったり、作り方ややり方を伝えたりしながら繋いできたものがあるからこそなのだと思う。
 ちなみに、お供え用・切り餅用・雑煮など正月のおせちの他に大福を100個ほど作り、出来立てを冷凍する。お世話になった方々に贈ったり土産に持たせたりするのだ。今年の正月もこの大福が食べられる幸せがあちこちに伝播するといいなぁと思いながら、子ともたちがやかんの上に大福をのせ、食べ頃になるのを待つ姿は何とも愛おしく尊いと、思わず口元が緩む三賀日であった。
【 工藤 恵子 】 
   Fhoto by Keiko Kudo,