新庄発 …短信集 … 長 月

2023年9月16日
編集 : 遠藤 敏信

●8月23日、シベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集いが国立千鳥ヶ淵戦没墓苑で行われたことをTVニュースで見た。兵士と民間人、約60万人が亡くなったといわれている。この日はスターリンが秘密指令を出した日だそうだ。
 若い時新庄で暮らし、新庄の3奇人と言われたK氏が家屋解体作業で、飢え・極寒・強制労働の三重苦のシベリア抑留生活を墨絵で描いた(澤田精之助さん)32mの絵巻を発見した。それが各地で公開されているという。そして今回、山形の文翔館で展示されるというので見に行った。
 元抑留者が長い間、国家補償請求を起こすが敗訴になる。戦争被害受忍論が主な理由だという。私は“生きて虜因の辱め受けず”東條の先陣君も脳裏に浮かんだ。
 自民党が「決められない政治」と批判していた民主党政権時代、超党派の議員立法でシベリア特措法”(2010年)が制定された。やはり政権が代わると前に進み代わるのですね!でも韓国・朝鮮人は対象にならなかった。― シベリア抑留者の思い出  澤田精之助より ― 大山礼子編 。               
【 今田 多一 】

●9月も中旬というのに未だに気温は32~33℃をキープしたまま。私の記憶では1975年は8月中旬から30℃の日が9月18日まで続いた。夜間の気温が20℃以下なので作物にとっては最適温度。そのため、米は空前の大豊作となった。
 しかし今年の場合、酷暑は作物の体力を奪っただけ。夜間気温が25℃前後の日が多かった為、日中光合成で稼いだ分、夜間の呼吸作用で養分を消費してしまうので、もみに蓄えられる澱粉が少なくなり、このような年はあまり作柄が良くないのが過去の例である。食味への影響が少ないことを願っている。
 そんな中、急に父が99歳5か月の生涯を閉じた。特段病を持っていた訳ではなかったが99歳の壁は高いようである。初七日が終わったので稲刈りの準備を始めようとしている。
 それにしても暑い。
【 笹 輝美 】

● 〇ピラミッドをはじめとする古代遺跡は人類の宝として人々に感動と観光資源としての富を後世まで与え続ける。それに比して原発はわずか数十年の発電の後は、数万年から数十万年後まで人々の安全と幸せと富を奪い続ける。能力のある人は原発のバランスシートを作ってください。
 〇今年は秋を感じさせない猛暑の中で稲刈りが始まった。汗まみれの作業となっている。
 〇農縁ができてから30年近くになる。農縁の活動を通じて知り合った人びととの交流が私の人生を豊かにしてくれた。いくら感謝してもしきれない。
 〇新庄の仲間の顔を見て語り合う。一緒に作業をする。それだけで当時の私には生きてゆく力になった。
 〇そんな私にとって大切な農縁メンバーを、9月をもって終わることにしました。
心と体のバランスをとることがむずかしくなり、この辺で一つの区切りにしたいと思うようになったのです。今日まで農縁を支援してくれた多くの皆様に感謝を述べて終わりにしたいと思います。いい思い出をありがとうございました。
【 三原 茂夫 】

●冷たい水の何とおいしいこと。暑さ続きで、いつもより10日近く早く、稲刈りに入った。
暑い。凍らせたペットボトルと水が必携だ。そういえば私は夏の暑さを余り苦にしなかった。だが今年の暑さは尋常ではなかった気がする。9月の半ばなのに気温は30℃超え、まだ冷たい水が欠かせない。
【 遠藤 信子 】

●8月、雨は5日の1時間ほどの夕立以来降ることなく、9月5日のちょこっとしたにわか雨が畑には天恵となった。暑い日が続く。9月に入っても汗が噴き出る。
今年、新庄の真夏日は9月15日まで実に60日もあったという。
 稲刈りを始めた。例年より10日ほど早い。早生種の籾摺りを行った。カメムシの食害痕(斑点米)が散見された。厄介だ。
16日朝、起きたら雨。この時期の雨は厄介だ。
【 遠藤 敏信 】

-青い空、白い雲


新庄発 … 短信集 … 葉 月

2023年8月16日
編集 : 遠藤 敏信


大豆トラスト畑の草取りツアーに参加された皆さん、炎天下での作業、

ありがとうございました。


● ○ 4年ぶりに行われた大豆トラスト畑の草取りは、猛暑の中にもかかわらず予定通りの時間に終わり、きれいになった畑を見て「数は力なり」を実感した。暑い中での作業、本当にありがとうございました。

  ○ 8月に入ると戦争に関する番組が一時的に多くなる。NHK・BS 「玉砕の島 語られなかった真実 テニアン・サイパン島」、同じく「軍港の子 よこすかクリーニング」と見た。
  どちらもひとりでに涙が、他人事ではなく自分のこととしてとらえられるようになったからであろう。大言壮語した軍人達は悲惨な沖縄戦や満州開拓団の末路、焦土と化した日本を想像すらしたことがなかったろう。桐生悠々の「関東防空大演習を嗤う」や石橋湛山の経済政策を学べばよかったのに、そんな謙虚な気持ちがあればあんな戦争はしなかったといえるが … 。
【 三原 茂夫 】


● 先日、仙台市泉にある結城登美雄宅にお邪魔した。こちらからは、ネットワーク代表のTさん、雪調の会代表のKさん、農家の机のYさんと私である。2時間ほど辛口のご高説を伺った。俎上(そじょう)に上がったのが、司馬遼太郎、赤坂憲雄、小田切徳美(大豆畑トラスト運動をまとめた、沢千恵(元ア・シード・ジャパン)の恩師)、大泉一貫など、いずれもボロクソである。
 とりあえず第1回目の日程として、
    講座 「結城登美雄の東北学」
        東北から考えるこれからの日本 ― 700の村々を歩いて考えたこと ―
    10月14日(土) P.M 1:30~   於、雪の里情報館
            (今年は稲刈りが早そうなので)
あと2回は、雪が降る前に開催したいと思っている。
【 佐藤 恵一 】


● 8月4日の4年ぶりの大豆畑の草取りツアーごくろうさまでした。暑さ続きの中での作業で、遠路来ていただいた皆さん方より、私のほうが本当にバテました。無事に作業を終えることができ感謝です!ありがとうございました。
【 今田 多一 】


● 暑いさなかでの草取り、ご苦労様でした。4年ぶりの再会・交流、とてもありがたくうれしかったです。計画の前段、東京側から「食事は外注にして、話し合い重視」という提案がありました。それに沿ってことを進めようとしましたが、様々な問題が出てくる。結局、母ちゃんたちで行うという従来の方法となる。今年もまた歌子さん、みさ子さん、それに工藤さん、若手の後藤さんと私の5人で賄うことに。 私たち賄い方が厨房で汗しているときに時に、男衆がでんと構えてペチャクチャのんだリ食ったりしているばかり、という構図が問題なのだ。
近場の温泉で汗を流してきたツアー参加者の皆さんが盛り付けや配膳を手伝ってくださるのがうれしい。このこと自体が交流なのだと改めて思ったところです。
【 遠藤 信子 】


● 西日本ではかつて記憶や記録にないくらいの豪雨や河川の氾濫等続くが、新庄は雨なしの日照りが続く。自然界の事象はままならない。
今年はイネの出穂が早く(≒1週間~10日)晩生種も穂が出そろった。今はある程度の水が必要な時期だが、ひび割れた田んぼはざらにある。土地改良区から水の無駄使いはしないように、節水管理を促す啓発のチラシが回ってきた。

8月も半ば、残暑お見舞い申し上げます、とともに、涼 風 献 上   致します。
【 遠藤 敏信 】

8月4日 炎天下ご苦労様でした。


新庄発 … 短信集 … 文 月

2023年7月15日
文責 : 遠藤 敏信


●集落から出ている市会議員の出陣式や開票発表会にも参加したことのない私に、9月の市長選に出馬を予定している候補者の演説会があるからと、村の公民館に集まってくれと誘いがあった。
 現市長と、県議を辞職して立つ人、商工会議所が推薦する女性が立候補を表明している。私にまで電話が来るということは3人が接戦になる三つ巴の様相になると読んでいるのだろう。
 私に電話をくれたのはコメの生産調整でWCS用イネ(飼料米)を頼んでいる方であり、義理もあり行くと返事をする。高規格道路周辺への”道の駅“設置が大きな争点であるという。
 今、農業・農村は大きく衰退のど真ん中。農政がいくら国政が規定するとは言え、地方から地域農業のビジョンを語る市長が出てこないものか!
 【 今田 多一 】

●早いものであと一月でお盆(月遅れ)となる。今年は梅雨空が長続きしそうである。
 田植えが終わってウルイの定植が終わったら風邪をひいてしまった。夏風邪をひくのはおバカとの諺があるがバカの上をゆき、こじらせてしまい20日以上も伏してしまった。ようやく回復したものの、無農薬田は時すでに遅し、除草作業が全くできなかった為に雑草が繁茂し、部分的にイネが消えている有様。このままでは収穫が見込めない為、センセイ方の言葉を借りれば苦渋の選択で除草剤を撒く事となった。
 今迄続けてきた無農薬栽培が途切れてしまった事は非常に残念であり、利用してくださっている皆様には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
【 笹 輝美 】

●〇去年の暮れから親しくしていた人が次々と亡くなる。コロナ禍の中、面会にも行けず葬式の場が最後の別れになった。改めて自分にも残された時間が多くないことを自覚する。
 考えてみれば、山へ登る、本を読む、旅に出る、酒を飲みながら語り合う、それらを通しての風景や人との出会いはすべて一期一会なのである。
 〇私の家には7,8年前に餓死寸前に迷い込んできた猫がいる。年齢は不詳、なんとなく老いが目立つようになってきた。前にいた猫がエイズにかかり辛い別れをしたばかりなので、飼う気がなかったのに追いだすわけにもいかず、今日まで私の相手をしてくれている。猫のしぐさを見ていると飽きることがない。自分の手をなめてから顔をこする。寒い時はこれ以上丸く出来ないほど丸くなる。暖かくなれば手足を思いきり伸ばして寝ている。この姿を見て、ニンマリしない人はいないだろう。何の心配もなく人間様より幸せかもしれないと思う時がある
【 三原 茂夫 】

●6月の短信で塩釜の奇跡 (軌跡)の話を書いたが、当時、新庄のNPOやボランティアの方々と被災地支援に赴いていたことを最近よく思い出す。もう12年も前のことなのだが、あの時強烈に感じた「何かやらねば!」という思いは、今でもつい昨日のようによみがえる。
 15歳になる娘は当時、私の仕事はボランティアだと思っていたらしい((笑))。
 ボランティアや地域づくり活動において、やるかやらないかは個人の自由だができない理由として何を上げようとも、「やらないほうがまし」という考えに行きついたり、時に「偽善だ、売名行為だ」とたたく人も現れるのはとても残念なことだ。人それぞれスキルの違いや自分を取り巻く環境・事情が異なるので、皆が同じように行動できないのは当たり前だが、参加の仕方も多種多様だ。自分の身の丈に合ったアクションの形がきっとあるはず。
 ボランティアの意味は無償の労働力とかただ働きという意味ではない。ラテン語の「自由意志(湧き上がる意思)」が語源と言われている。私は今も「やらない後悔よりもやったことへの反省」を選びたいと思っている。
【 工藤  恵子 】

●畑の草が勢いづいている。中耕・培土を施したいが、このところの雨で入ることができない。
 14日今年初めてセミの声を聴いた。暑い夏、汗をかくことが、私は好きだ。

【 遠藤 信子 】

●7月は春からの疲れがドッと来る。以前も書いたと思うが、有機栽培田の中耕除草、水の入排水をよくするための溝切り作業、イネの稔りを促すための穂肥散布など脚に負担のかかる作業が続いた。 若いころサッカーをやり、つい近年までかなりの頻度で山登り(登山道の刈り払い整備)などで脚力・体力には自信があった。が、ムリがたたったのか膝に痛みを覚え、6年前と3年前、膝の痛みを緩和するための手術をした。「高位脛骨骨切り術」というもので、脛に切り込みを入れて、くさびを打ち込みO脚気味の脚を約5度矯正、Ⅹ気味にするというもの(両膝)。
 以来、ムリを避けて過してきたが、昨年、不測の事態が発生。ために現役復帰となったものだが、動く限り足を使うわけだから負荷がかからぬわけがない。常に覚える痛み。残念だがいつまでもつか、ではなく、真面目にエンディングを考えなければならない、と思う。
【 遠藤 敏信 】

アジサイは新庄市の象徴花


トンボの抜け殻 




新庄発 … 短信集 … 水無月

2023年6月15日
文責 : 遠藤 敏信


●今年の田植えは5/22で終えたのだが、それまでは相当気を張っていたのであるが、やはり終わると気が緩む。
 1年間で4日しか使用しない田植え機を洗ったり、代掻きロータを格納したり、育苗箱を納屋の隅へと積み上げたり、様々な雑仕事をこなした。
〇13日、吉野さんよりTELをもらう。故障のため修理に出していたトラクターが戻ってきたので、晴れ間を見て大豆トラスト畑を耕したい、と。生産者全員でまずは種まきを終えたい。
【 今田 多一 】

●数年前に、これが最後の刈り払いと思って作業をした杉林に行ってみたら、背の丈を超える雑木があったのでもう1回刈り払いをするか、現場でしばらく考え迷った。
 杉はすべて父が植えたものだ。中学を出たばかりの私はほんの少し手伝っただけだ。その頃は国を挙げての造林事業が進められていて、里山のほとんどが杉林に代わっていった。
 父は数十年後この杉が大きくなって、売ればまとまった現金が入り、機械を買ったり、家をたてたリ、孫の結婚式の時に役にたつ、とよく言ったものだ。植えた本人は苦労するだけで何の見返りもないが、子や孫のために汗をかくことを惜しまなかった。そういう考え方が当たり前であった。それが現在では、笹さんが短信で何度も嘆いているように、杉の木の価値がなくなってしまった。そういう訳悩むのだ。しかし、父が植え育てた杉林を、たとえこれからも価値がないとしても、荒れた状態にしておくのは申し訳ないというか情けないというか、満身創痍の身であるがしぶしぶ最後の手入れをすることにした。田んぼの価値も最盛期の10分の1に下がってしまった。  ※刈り払い:杉苗を雑草から守るためにする草刈りのこと
【 三原 茂夫 】

●先日、東日本大震災当時、釜石小学校校長だった加藤礼子先生の講演を聞いた。全校生徒184名が一人残らず助かった舞台裏と防災教育の大切さをお話しくださった。
 当時釜石市の小中学生は約3,000人、そのほぼ全員が助かったことから、「釜石の奇跡」と称賛されたのだが、「奇跡ではない、日々の教育と訓練の軌跡」のおかげだったと語った。
 命の大切さと自然の偉大さをしっかりと理解し、地域の人との繋がりを日ごろから大切にして来たからこそなしえたというお話は、見ならなければならない教訓だ。
 さて、この釜石小学校の校歌は、ひょっこりひょうたん島で知られる井上ひさしが作詞したもので、校名も地名も一切出てこない。ただ、そこに「生きる」ことの指針がつづられていて、なんとも素晴らしいので紹介したい。

         釜石小学校校歌
          一、いきいき生きる いきいき生きる ひとりで立ってまっすぐ生きる
     困ったときは目をあげて 星を目あてにまっすぐ生きる
     息あるうちはいきいき生きる

          二、はっきり話す はっきり話す びくびくせずにはっきり話す
                 困ったときはあわてずに 人間についてよく考える
                 考えたならはっきり話す

          三、しっかりつかむ しっかりつかむ まことの知恵をしっかりつかむ
                 困ったときは手を出して ともだちの手をしっかりつかむ
                 手と手をつないでしっかり生きる

【 工藤 恵子 】

●早め早めの作業をこころ掛けてきたはずだが、今、仕事に追われている状態です。ようやく大豆4種類を蒔き終え、今日、無農薬栽培米の「さわのはな」、「つや姫」の中耕除草作業をottotto と交互に行いました。
 コロナ禍前までは今頃は笹巻きづくり指南で、もも保育園に伺っていただろうにな、などと、ちょっと残念に思っています。
【 遠藤 信子 】

●昔親しかった方と急に会いたくなった。消息を尋ねたら、大分前に大病を患ったという。私のことはもう覚えていないかもしれない。どうしたものか悶々としている。
今日、無農薬栽培田の中耕除草を行った。足に痛みを抱える身には大変つらい作業だ。
おっかあが、私も手伝うと言って、田んぼの中を機械とともに歩いてくれた。今、大規模化とともにドローン活用等によるスマート農業が官民挙げて喧伝されている。手間を省き、薬剤等を効率よく処理しようというものだ。中耕除草作業などは真逆の行いである。
【 遠藤 敏信 】


諸物価高騰の折、農縁と提携している“ヤマト運輸”から、6月から運賃の改定(値上げ)の通達がありました。
これを受けて今どうしたものか悩んでいます。
果たして、運賃の上げ分を農縁米および流通米、トラスト米等に反映・転嫁させて良いものか、と。
御理解とご協力をいただきたいと思います。
自助努力だけではいかんともしがたい状態です。


新庄発 … 短信集 … 皐 月

2023年5月15日
文責 : 遠藤 敏信

● 昨年農作業所の階段から飛び降り着地が悪かったのか足を骨折してしまう。最後の米の収穫作業中だった。病院にいくのは歯医者の他には健康診断ぐらいで治療をするような怪我や病気など無かったので自分でも驚いた。2週間の入院だったが入院している間は春になって農作業が出来るか心配だった。退院して冬の間は雪掻きなどできるだけ身体を動かして体力を付けるように心がけていたが農作業が始まり忙しくなってくると自然に身体が動いて普通に作業が出来たので心配するほどでも無かったようだ、良かったことは息子が進んで手伝いをするようになった。
 田んぼの畔の1坪ほどの場所だが日本在来のタンポポが群生しているところがある。在来種のタンポポを見つけるのが大変な時代だその場所は大切にしている。今そのタンポポが満開になっている。
【 星川 広見 】

● 「ゆうきでぇ~す。げんきでぇ~すか」こもったような声で電話がくる。話がはずんでくるといつものように「農水省のバカ役人ども」、「文化庁のアホ、文化の意味もわかっていない」いつもの結城節である。
 意外なことに「地域おこし協力隊」というのは、彼のアドバイスで実現したものであることを知った。「農文協の甲斐さんを通して、総務省の審議官(大臣・次官に次ぐNo.3)が彼の家にやってきたという。
「“緑のふるさと協力隊”というのを実施しているが全く実績が上がらないので何とかならないだろうか」と相談されたという。そのときのアドバイスをもとにしてできたのが「地域おこし協力隊」だという。初年度の応募が50数名だったのが、今は6500名を超えているという。若者の移住・定住に貢献する事業となっている。
 ただ、最近の結城さんも弱気が目立つようになってきた。「俺はよう、今年でもう78歳(S.20年生)になるんで終活をやっているところだ」。最近は一切の原稿執筆と講演を断っているのだが、最後に新庄・最上の方々に語り伝えたいことがあるという。1960年(15歳)に、新庄にあった農村工業指導所(雪調の後身)で、ホームスパン(羊毛加工科)の研修生となり、1年間寄宿舎にすみこんで羊の糸つむぎをしたという。このことが彼の原点になっているということは何度も聞いている。
 以前、ネットワーク農縁の主催で「雪調に学ぶ」講座を開催した。2010年~2017年まで8回行い、結城さんをメイン講師として雪国東北の暮らしについて語っていただいた。折角の要望なので実現してはどうだろうか。私案なのだが3回シリーズにして、
 ①ひとつの東北、ひとつひとつの東北/②東北は手仕事の国である/③東北―その先へー
 農縁の主催として、「雪調の会」や「農家のつくえ」、「キトキトマルシェ」の若手メンバーに声がけしたいと思うのだがどうだろうか。
※「結城登美雄」山形県大江町生まれ、仙台市在住。「民俗研究家」               Sumiyakisut Q  【 佐藤 恵一 】

● 今、代掻耀き真っ最中である。1日中トラクターに乗っているとくたびれるが、まわりの景色を眺めると新緑がより濃くなっていくのが、はっきりわかる。特に早い人は田植えを始めた人もいるが、私は20日頃からを予定している。一部苗の発芽が不ぞろいのところもあったが持ち直したみたいだ。田植えの時分は晴れであってほしい。                               【 今田 多一 】

● 私にとってー  ○冬の間は天国。雪が解けて春になると地獄だ。とは言え、5月に入ると新緑が一気に山の峰を駆け上り、あっという間に頂上にたどり着く。青い空に山の新緑が美しい。同じように月山や鳥海山の残雪も一番美しい時期だ。
 ○春の統一選で、新庄市では議員の半数近くが新人に変わった。全国的に地方議員のなり手がない中で、これだけ手を挙げる人が多いことは新庄市の未来はまだ明るいということか … ?
 ○ 先月の工藤さんの文章を読み、親の最後の願いを親族の反対があったとしても叶えてやるのがそのひとにとって一番の供養になるのではないか。それをするのが息子ではないだろうかと私は思った。
【 三原 茂夫 】

● 5月に入っても高温傾向が続き、苗の生育に尻を叩かれながらの作業が続いている。水を張った田圃では夕方になるとカエルのすざましいばかりの大合唱。都会ならば騒音として問題となるかもしれないが、農村では風物詩のひとつという事か。
 屋敷の晩生の桜も散り、例年より一足早く木々の緑の美しい季節となった。木といえば、木材価格が上昇し、以前の1.7倍以上との事。しかし立木に関しては何ら変わらず伐採の現場では運搬用の大型車1台まとまらなければ採算が取れないとして、それに満たない林には手をつけない。しかも本当に良いものしか用材用とはせず、あとは地元企業が経営するバイオマス発電所に運び込むだけ、と。そんな風で、今平地や里山の杉林が伐採されている。このままではいずれ、伐採可能な林地は尽きてしまうであろう。バイオマス発電も今迄の蓄積といってもよい林を食いつぶすだけなら、環境問題の解決とは逆行するものではないのか。
 又、製材所に入った原木、以前は職人が一本一本の性質・クセを見てそれ等を活用するように用途を決め最大限、良品、数量を取れるよう製材したものだが、今はコンピューター制御で人手要らずで希望の製品をいかに早く仕上げるかに尽きるとの事。SDGs的には、どちらが良いのであろうか ?  
【 笹 輝美 】

● 今回は短信ならぬ長文が多いため、活字ポイントを小さくした。ご容赦下さい。
 4/25早朝霜が降り、車の窓ガラスが白くなっていた。外に出していたプール育苗の水が凍っていた。日中晴れた。やがて苗の葉っぱが細く立ってきて、緑を失い枯れ始めた。 昨年4/30の朝、3cmほどの積雪があったが苗はそれに耐えた。高温には弱いが低温には強いと思っていたが限度がある。水が凍るほどの氷点下には耐えられなかったようだ。播き直しを考えたが、暫く様子を見ることにした。水をだっぷりと張り、がまんして見続けた。外のプール枠に出していた約1000枚の苗は、第1葉目は枯れたが、第2葉目が生きていた。10日程の遅れるものの回復した。生命力を感じた。
【 遠藤 敏信 】
              
月山遠望

短信集 卯 月

2023年4月15日
文責 : 遠藤 敏信

●過去に例のない3月のバカ陽気で雪はアッという間に無くなってしまった。3月中に田んぼの雪が無くなり田面が乾くなど、今迄見た事も聞いた事もない。このお返しは必ず来るだろう。
 この3月で99歳となった父が昨年末から[我が道を行く人]となってしまい以来その介護と農作業で忙しい日々が続いている。上野千鶴子さんが 「 老いは進化だ 」 と書いていたが、だんだん子供に還っていく父を見ていると明日のわが身を見ているようで心細くなる。輪廻転生そのものかもしれない。そんな父がいつも口にしていたのは「日本は本当にバカな戦争をしたものだ」という言葉。父は出征はしたものの、外地に行く前に敗戦となり無事帰ることができた。衛生兵として教育を受けていた時、同室の岩手出身の同年兵が誰もいない部屋で静かに「この戦争で日本が負けるのだ」と言ったという。外国の事情に詳しい人だったというが、それに比べ、当時の指導者は神風が吹くなどと馬鹿なことを言って、惜しげもなく若い人たちを死に追いやってきた。以前「名将愚将」という本を読んだことがあったが、名将と言われる人たちは皆部下を思い、危険なことは自分が先頭に立って戦い、多くは命を落としているのに対し、愚将と言われた者たちは部下も同胞も見捨てて、さっさと逃げ帰り生き延びて頬かむりをしている。
  北方領土も沖縄をはじめとする全国の米軍基地問題も、日米地位協定も、安保条約も、今に尾を引いている原爆の被害も、徴用工・慰安婦問題等々、すべて先の戦争が生み出したものであるが、生き延びた当時の指導者たちは米国のポチとなっただけで、何一つ解決していないのだ。そしてまた戦争を始めるつもりなのだろうか。
【 笹 輝美 】

 ●集落の入口にまつられている“湯殿山”と彫られたい石台。4/8,夕方から集まり清掃などをやり、お祈りし、3年ぶりに飲み会をやった。毎年4/8に集まっていたが、なぜ4/8になったか、誰も知らない。お釈迦様の誕生日だからという説。湯殿山とお釈迦様は関係があるのか、と誰かが言う。又、農休日がなかった時代、4/8だけは皆休んでいた。娯楽が少なかったので湯殿山にかこつけて、皆飲んできたのではという説。これが一番有力じゃないかと言う。
 あとは血圧の薬を飲んでいるか、とか、足腰がいたい、とか、俺は糖尿病だ、とか、病気話になったが皆、酒量も多く、高齢者だが元気だ! 
【 今田 多一 】

 ●今田さんに写真を届けに来た山岳カメラマンを、新庄市北部にある石動神社(いするぎじんじゃ)の杉の巨木に案内する。車からカメラを取り出し「おおッ」と声を出しながら撮影する。大杉の大きさが比較するものがないとわからないからと、木のそばに立ち私がにわかにモデルになる。
  その帰り道、私の本に興味があるからと寄る。又しても「おおッ」」と声を上げて写真を撮る。「何かお宝が埋まっていそうな本棚だ。泊りがけで宝探しをしてみたい」と。  私は蔵書への誉め言葉と受け取った。  かつてもう20年近くも前になると思うのだが、私の本棚を前にして「心ゆくまでこの空間を味わいたい」と言ってくれた人がいたが、私の本棚をほめてくれたのはまだ一人目だ。
【 三原 茂夫 】

 ● 11月に極めて個性的な義父が永眠。生前から「葬式不要、戒名不要、最後は音楽をかけてくれ」と、好きなクラシック曲の指定もしていた。とはいえ、「普通が一番」と親族に猛反対された。無難な道を行けば、無駄に周囲も止めることはないが、最後ぐらい故人の意思・価値観や「その人らしさ」を尊重したいと強く思った。
 さて、春が来て新一年生のランドセルに目を細めつつも、100%希望したものを一体どれくらいの子が背負っているのか?と疑問を感じる。柔軟性や多様性が叫ばれるわりに、既存の型にはめた「普通」ばかりが望まれてはいないか?  義父のように「変わり者」と言われた個性も、貫けば一つの道となる。火葬場で古い写真を囲んで子や孫が大笑いしたひとときは、この上ないあたたかな時間だった。
  他者との違いを怖がるな。自分は自分。らしく生きよう。        
【 工藤 恵子 】

 ●新庄は今、桜が満開。城跡の堀沿いの並木に見入る市民がおおぜい出ている。 こんなに早い開花は記憶にない、新庄の春の名物(風物詩)カド焼き祭りもゴールデンウィークに設定されている。つまり、通常はGWが桜の季節なのだから相当に早いのだ。
 相当に早い、と言えば、我が家の農作業のペースが今年はめっぽう早い。はたから見れば、異常に早いと見えるらしい。何せ、通常20日頃から3,4日間隔で3回種まきするところを今年はすでに3回目を播き終えたのだから。事情によって5月に食い込んだこともあったのに、である。この結果がどうなるのかは分からない。が、仕事を先取りしているのは確かで、やるべき作業に追われていないという安心感がある。この体験この齢にして初めて。
  14日夜、NHKテレビで「アナザストーリー・高倉健」を観た。任侠映画のヒーローから国民的スターになったのは?という流れだった。転機は山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」だったという。普通の人を演ずることで彼は大スターになった。
 【 遠藤 敏信 】



新庄発 … 短信集 … 弥 生

 2023年3月15日
文責 : 遠藤 敏信


● この冬も過ぎてみればアッという間だった! 去年の12月は1日で40cmも降り続け、こんな調子が続けば相当の積雪量になると、先を心配したものだ。
 1月、雨が降ったり又、低温・寒波はあったが連続した降雪はそれほどでもなかった。2月の降雪も平年より少なかった気がした。
例年必ずある雪の揺り戻しもなかった気がする。それでも家の前の田んぼにはまだ50cmの雪が残る。でも確実に春の光である。
【 今田 多一 】

● 作家や学者の多くが死後思い出の詰まった蔵書の行く末を心配しているのに、立花隆さんは遺言できれいサッパリ1冊の本も残さず古本屋へ売り払うように書いた。そして実行された。「知の巨人」と言われた人の数万から数十万冊の、空っぽになった本棚が映し出された。
 私はとてもこの人のようにはなれない。とは言え、これくらいは見栄で揃えておきたい、いつかは読めそうだと思って買った本や、いつかは高く売れそうだと仕入れたり、知人・友人からもらったりした本が本棚に並びきれず、ダンボール箱に詰めて重ねて、それが倉の入口にまできてしまった。残りの寿命も少なくなってきたことだし、そろそろ何とかしなくてはと … 。
 本をゴミにしないイイ解決策はないのだろうか。
【 三原 茂夫 】

● 農縁のフェイスブック担当者から本の写真とメッセージが送られてきた。
鈴木宜弘(のぶひろ)・署「農業消滅」(平凡社新書)を読んでいます。暗澹たる気持ちになります。」に対して、私の返信。「農地は残すが、農民はいらないという政策です。これが資本の意志と言われるものです」
に対して「本当にひどい状態ですね。そしてそれがほとんど国民に知られていないのが、もっとも大きな問題だと思います。伝えていかねば」
 というのが、やりとりの内容。
 資本というバケモノが、口から赤い血を滴らせながら、労働者・農民を丸ごと喰い尽くしているというのが現状です。「SDGs」などというユダヤ資本の陰謀に騙されてはいけません。諸悪の根源は資本主義にあります。今からでも遅くはありません。資本主義を足元から掘りくずす運動を …。「希望を失うな、希望を育てよ」
【 佐藤 恵一 】

● 東京は待ちに待った桜の開花ですか。こちらは田んぼも畑も雪に覆われ、春まだ遠い冬景色ですよ。今の作業工程は、今年植え付ける種籾を雪を入れた水槽に水漬けして13日目になりました。この工程は4/10日ころまで続けます。
 種籾の芽は水温5℃以上の毎日の累積で100℃以上になりますと、籾は自然に芽生え始めるのです。その芽の動きを止める為に雪を入れて冷水にするため、雪を利用するのです。そして、長時間の水漬けを可能にするのでより自然界に近い条件を与える事で、種の持つ発芽阻害要素を取り除くのです。籾は何百年も前の籾が発見され、発芽実験され芽が出ているのです。そんな阻害要素をもって生存しているのです。
 これから田んぼに植えられ、育つであろう種籾により試練を、と想えての作業工程なのです。
  いくらかでもこれからの気候変動に対応できる種に育って、と願うのですが、みなさんも一緒になってガンバレと支援を送ってくださいネ。
【 高橋 保広 】

● 14日、「つや姫、雪若丸」栽培講習会に行く。日本穀物協会の食味ランキングで、山形県では“つや姫”が上場以来13年、“雪若丸”が6年連続特A評価を得ている。両銘柄とも栽培圃場が特定され、種もみは知事名により、面積に応じて供給される仕組みができている。
加えて、“つや姫”の場合、特別栽培がスタンダードで化学肥料・農薬の使用が地域通常の50%以下に制限され、さらに収穫後のたんぱく質含量のチエックがある。基準より数値が高いと評価ランクが下がる。食味と品質を維持するためだ。そのほか、余った苗の処分方法、使用資材、栽培管理等の報告義務があるため、厄介で返上したいという農家がある反面、作付けしたい、面積を増やしたいと希望する農家がいるものの要件は厳しい。
今年私は息子に代わり、つや姫は160a(内、有機栽培30a)、雪若丸は210a、他(ヒメノモチ、あきたこまち、有機さわのはな、はえぬき)は740aの作付け予定だ。

講習会に≒70名の方々がいた。(山形県最上総合支庁)

 過日、三原さん、今田君と「百姓の百の声」というドキュメンタリー映画を見た。
 先月、舞台挨拶付きのこの映画があった際、行きそこなったのでもうダメかなと思っていたら、なんと別の映画館で上映するとのことではないか。かつて、ドキュメンタリーは自主上映と相場が決まっていた。いま、劇場で映され、観客も多い。
 狭い日本、でもそこに住む人の知恵と工夫する力は、限りなく広く大きいと改めて知る。「農の世界は、近くで遠い」「近いけれども遠い」だったかな…、というテロップがエンドロールの前に映ったが、農・百姓にのめりこむ人間は多くが哲学を持っているように思う。

さて、種もみが届いた。農の準備作業が始まる。
【 遠藤 敏信 】