短信集 … 霜 月

 2020年11月15日

文責 : 遠藤 敏信

●・私の読んでいる新聞にアメリカの自由の女神像が今回の大統領選を見るに耐えないとつぶやきながら、目隠しをしている風刺画が載った。私ならそれに聞くに耐えないと、たいまつと独立宣誓を下ろし両手で耳をふさいで「こんなはずじゃなかった」とつぶやきながら、膝まずいている女神像にしたかった。テレビを見ている限りでは自分の国の選挙を信じられないで、不正があったと敗北を認めず、わめき散らしているトランプとその支持者ほど見苦しいものはない
・日本では日本学術会議の会員6人の任命拒否を巡って、首相が説明にならない答弁を繰り返している。“厚顔無恥”、いい大人がみっともない。
【 三原 茂夫 】


● 田圃の収穫作業が完了したものの10月末から雨の日が多くなり、ウルイの株掘り取りと運搬が遅々として進まず、それに伴い畑の片付けや植木等の雪囲いも進まず、神室連峰は2度の降雪を見、急速に冬が近づいている。まだまだやることは残っているのだが、11/12の新聞に宮城県女川町の女川原発2号機の再稼働に地元と宮城県が同意したとの記事が載っており、発表した宮城県の知事は地域経済に寄与と語っていた。
 もし再事故が起きれば、否応なく山形県もその被害に引きずりこまれるのは必至であり、本当に地域の将来の為になるのか私は疑問を捨てきれない。また6月の新聞には電力会社が各株主総会に提案した「脱原発」がすべて否決されたことも載っていた。
 この国がコピーを進める米国では福島のような事故が起きた場合、電力会社のみならず、株主もその原発を設計した会社、建設を施工した会社、管理に関係する会社もすべて補償の責任を負わねばならないとの事だが、日本は株主過保護、おいしいとこ取りを放置している。そもそも何があっても、政府も電力会社も原制委も誰も責任を負わないという無責任体制が続く限り、再惨禍は起きるに違いない。
そして地方の疲弊は更に進行する。
【 笹 輝美 】

● この秋で私は69歳になった。地域の小学校がもうすぐ廃校(統合のため)になるので70才を前に地元に残っている人達で同窓会をやるという連絡が来て、久し振りに参加した。30人の2クラス、60人の内11人が死去したとの報告があった。ネットワーク農縁設立から20数年経つ。関係してくれた人たちでも、私が知る限りでは、川口さん、守田さん、秋山さん、佐藤さんが、生産者側でも田口さんが亡くなった。
 今年はコロナで人が集い合うことが出来そうもなく、収穫感謝祭は中止であるが、昨年の催しの際、井ノ部さんが「皆様方との出会いは、偶然でもあるが必然でもあった」という発言に私も同感!
【 今田 多一 】

● 私のむらで長く続いてきた“集まり”が一つ消えた。“お観音講”という最上33観音を祀ることで始まった講で、毎月17日に構成員の家を順番に回りお互いの状況や関心事を語り合う茶話会といったものだった。義母のそのまた姑の頃から続いていたというから、相当に古くからあったものと思う。元はもっと多かったのだろうけれど、私が出ることになった約20年前は隣り近所の6名となっていた。
 当時私は40代で、50代・60代の方々とご一緒にさせていただいた。あれから時が経ち、それぞれみんな老いて、60・70・80代となった。
 コロナの影響で、3月から例会を休止していたが、再開した10月の集まりの際、「年も年だし、やめたい」という方が出て、いっそのこと解散ということになった。仕方のないことだと思いつつ、むらの生活様式の変化を感じている。
【遠藤 信子 】

● 例会を1日早めて、今夜14日に行った。市の環境課保全室長のY君から「家庭系生ごみの堆肥化事業を農縁で引き受けてもらえないか」との打診あり。前任者が退任することになり、受け手として筆頭候補に上っているという。求められるのは、有機循環の意義の理解と管理力(私が思うに)。持ち越し案件となる。
 新庄では、今年首都圏を会場にした従来の「収穫感謝祭」の開催はコロナ下の状況ではムリだべ、と9月時点で決めていた。東京側スタッフは生産者と都市生活者との交流を何とかできないか、と腐心していたようだ。そこで出たのが“ZOOM”を利用しての“オンライン交流会”。

「えっ、なに?」「ZOOM って何よ?」「春までは確か、Skypeだったよな」

   「この状況を分らない事って、遅れてるんだべかな」みんな固まる。新庄の会計事務を担うK.恵子さんがパソコンに向かい応対に奮闘。しばらく協議を継続することで落着。「ただ集まりゃ、いいってもんじゃないべ。やるからには楽しくしなきゃ」。

かくして終了したものの、皆一様にため息。疲れを隠せないのだった。

【 遠藤 敏信 】

短信集 … 神 無 月

 2020年10月16日
文責 : 遠藤 敏信

新型コロナウイルスの感染拡大が止まりません。この状況下、皆さん、ごきげんいかがですか。
これまで、”農縁“に集う会員の皆様方と生産者が一体となって首都圏での「収穫感謝祭)を行ない、交流を図ってきました。しかし、今般、諸般の事情を考慮し、お互いの健康面を最重要視し、今年度の収穫感謝祭は例年通りの形のままでは開催を見送りたいと考えています。どうか、ご容赦ください。 新庄生産者一同


●この秋の収穫作業は、田も固く農機のトラブルもなく順調に進んだ。この年齢になると、稲刈りを終えることで特にホッとする。3~4年前、私の2か所の圃場でU字溝からの漏水で田面の一部が軟らかくなり、コンバインの走行が思うようにいかず、方向転換をする場所に稲杭を敷いたりして難儀したことが頭にある。そのため、排水を促すため7月のはじめ、溝切り本数を多く手掛けてきた。
 JAの米の仮渡し金がコロナ禍の中、20万トンの在庫があるから、と低く抑えられた。全集連も他の業者も右ならえ、である。それらの中間マージンはそのままで、いつもわりを食うのは農民だけであるのは、昔からだ。
皆様方の応援は、やはり励みである。                 
【 今田 多一 】

●9月は暑い日が続いたが10月に入ると朝にはストーブをつける日もあった。
黄金色の稲穂が一面に広がる田んぼも、刈り取りが終ると急にさびしい風景に代わる、とは健康のため毎日4km以上も散歩をし続けている友人の言葉だ。私もそう思う。稲刈り中は落ち着いて本を読む時間がとれなかったが、これから春まで読みたい本を読める幸せな日々だ。
 読書の秋に紹介したい本がある。「言葉の贈り物」若松英輔・亜紀書房/1500
新書サイズで150ページほどの小さな本だが、中身の濃い24話が収められているエッセイ集だ。若松さんはNHK「100分で名著」に、内村鑑三、神谷美代子、石牟礼道子の時に講師として出演している。生きることに対して、まじめに誠実に向き合い、求道者のような印象を受けた人だ。ぜひ手に取って読んでもらいたい。                    
【 三原 茂夫 】

●新庄発・短信集は農縁の生産者と消費者をつなぐ媒体としてとても有効だと思う。どれくらい続いているのか、という問いがありました。手元に2003年の「イバラトミヨ」(当時のタイトル ー   絶滅危惧種の淡水魚・通称ハリザッコの異名を持つ)があり、農縁だより・イバラトミヨ28号と記されていて、短信集は別刷りで付されていた。
 このことから推察すると、2003年分の 4+(12× 17)+10 = 208となる。
長いマンネリだと思う、とともに、よく続いているなと、あきれてしまう。いつまで続くかわからない。これからもよろしくおつき合いください。               
【 編 者 】

●13日コンバインでの稲の刈り取りを終え、14日、およそ1ヶ月間天日干しにした杭掛け稲の脱穀作業を行なった。多くの方が今年はイモチ病にやられたと嘆くが、わがやの場合コナギなどの雑草がまん延して収穫に影響した。特に20年以上無農薬・無化学肥料栽培を続けてきた田んぼ(かつて、ア・シード・ジャパンに集う若者たちが大挙して草取りに入った圃場)は有機栽培仕様で取り組み、手押し除草や手取り除草を行なったものの、余りの増殖に手を焼いた。(7月号短信)時間のすべてを草取りに費やすことはとてもできない、という判断の下、7月18日、広葉雑草用の除草剤を使ってしまった。これで、つや姫の無農薬米は消えた。涙がこぼれた。
ある方は、これは「一般米と同じだ」と断じたそうだが、果たしてそうか?言い訳ではなく、思う。動機が違う。肥料はすべて有機、殺虫・殺菌剤は不使用。ために、カメムシの食害の斑点米を除くための選別作業もしなければならない。これが農薬バンバンのもの以下の価値しかないなどということはない。私はこれを、今まで無農薬米を愛顧して下さった方たちに、説明し、ご理解をいただいたならば、低農薬米価格でお届けしたいと思っています。

今、蕎麦の実をビニールハウスの中に広げて天日干しにしている。刈り取りが例年より10日以上も早い若刈りのため、青い実がかなりの割合で見える。乾燥後、製粉化、そばにし茹でた場合、ゆで汁が緑色になる。そばはというと歩留まりは完熟に劣るが、すこぶる風味がよく香りもよいものになる筈だ。手打ちそば作りは人と人を笑顔でつなぐ。新そばを打つ、楽しみだ。
【 遠藤 敏信 】

裏の水路脇にアケビが熟れていた。


大手幼稚園・さつまいも堀り(10/16)日本学術会議推薦で政府により、任命を拒否された芦名定道氏(京大教授)はここの出身。深い縁(ゆかり)がある。

新庄発 短信集 長 月

                                2020年9月15日
                                文責 : 遠藤 敏信

●8月も下旬に入り、それまでの曇雨天から一転猛暑が続き、人も家畜も作物も皆ヘトヘト。心配だったイモチ病はやはり穂へと移り減収は必至。また、日中光合成ででん粉を作っても夜間気温が高かった為、呼吸作用でそれを消費してしまい、いわばタダ働きといったところ。葉で作られたでん粉が穂へ移行する為には水分が必要であるが、この時期下手に水を入れた後「何とかと秋の空」のように天候が変わり雨となろうものなら、田んぼがぬかるみその後の刈り取り作業が難渋することになる。かといって土壌水分が少ないとイモチ病を拡大させてしまう。この時期の水管理は本当に悩ましい限りだ。いくら科学が発達しても、自然相手の農業はすべて思い通りに行くことは少ない。

 かつて、農業・農協批判が激しかった頃、その急先鋒を担っていた「一郎三ピン」と言われた4人の男たちがいた。その中の一人は今、アダムスミスを気取っていて、彼等の主張は「日本の農産物は国際価格と比べると高い。国が税金を使って保護し高い農産物を作らせている。ゆえに農民は経営能力が乏しく、にも拘らず裕福な生活を送っている。日本経済のお荷物である農業など無くして、もっともっと輸出産業はじめ、サービス業等に力を入れ発展させるべきで、日本から農業が無くなれば、国民は年100兆円得をする」ざっとこんな調子であった。彼等の主張が正しいかどうかは別として、農業・農民がそんなに保護されているのなら、何故離農が続出し、若者が農業に就かないのか?それを聞いてみたい。彼らの迷言はその名とともに後世に残るであろう。
【 笹 輝美 】

●収穫の秋を迎えても今年は少し複雑だ。20年以上続けてきた無農薬栽培を、6月に除草剤を1度使い低農薬栽培に変更したからだ。これまで田の草取り1回と除草機押し2~3回で何とかやってきたが、雑草の多さと除草機押しの時に息切れがひどく、今年は無理と判断した。今まで田の草取りを応援してくれた東京の友人にそのことを伝えた。残念そうな声が聞こえた。
 不整脈と高血圧の薬を飲むようになってから6年。近いうちにこうなるとは思ってはいたのだが、仲間と一緒に作ってきた無農薬米をやめてみると、この時期になってさびしいという気持ちがわいてきた。                           
【 三原 茂夫 】

●今年は農縁が始まってから最もイモチ病の被害の多い年になったようです。例年少しの発生はあるのだが今年のように大発生したことは無かった、7月の長雨による多湿状態でイモチ病が大発生して周りのどこの田んぼを見てもイモチ病で枯れた稲穂が見えて、あちらこちらで薬剤散布の消毒をしている、農薬を使えない私の田んぼはイモチ病が拡がっていくのを指をくわえて見ているだけで、農薬を使えないリスクを最も感じた夏でした。どんな米ができるか気がかりです、せめて食味だけでも悪くなければいいのですが ……。
【 星川 公見 】

●平年なら新庄まつり(8/24~26・今年はコロナのため中止)が過ぎると秋風が立ち、涼しさを感じるのであるが、今年は9月に入ってからも暑さが続き身に応える。9/6、家の前の僅かばかりの田のバインダー刈り、稲杭掛けの作業をしたのであるが、冷たい水を何ぼ飲んだかしれない。そして7日、気温35.7℃である。でも秋彼岸を過ぎれば「寒くなってきたなぁ」となり、朝晩のストーブが欠かせなくなるのだ。やはり、自然の摂理は大きく変わってほしくない。
【 今田 多一 】

●畑作業(培土や草取り)にせよ、注文を受けて加工所にこもる場合でもほとんどは独りで自分が課したノルマと向き合う。だから、外で汗だくになろうとも、疲れはするが苦にはならない。コロナ禍で何が変わったかというと、「3密を避ける」ために縮小や、交流会等の中止が相次いだ。忙しい時は煩わしく思ったりすることさえあったのにそれら、人との関わり・交流が何ともホッとする時間であることに改めて気づく。気兼ねなく往来が出来る日々が戻ることを、切に願っています。
【 遠藤 信子 】

●15日、稲刈りに入った。始めにバインダー・杭掛け部を手がける。わずか10アールばかりに3人がかりで、まる1日いっぱいの作業となった。
作業予定。本格的な刈り取りは16日から。例年通り、早生種から中生種、晩生種の順に進める。ヒメノモチ ~ さわのはな 〜 雪若丸 〜 はえぬき 〜 つや姫へと移行する。天候を計っての作業となるが、①刈り取り〜 ②乾燥 〜 ③一時貯蔵 〜 ④籾摺り 〜 ⓹袋詰め 〜 ⑥出荷 のローテ―ションを約16回繰り返す、ほぼ1ヶ月の長丁場となる。今年の“サグ”は、どげだべ。
楽しみであり、こわさもあり … だ。無理せず臨もうと思う。
【 遠藤 敏信 】

いまでは珍しくなった稲の杭掛け。雨よけのビニールが印象的。(今田君宅)






新庄発 … 短信集  葉 月

2020年8月15日
文責 : 遠藤 敏信

●やはり冬の少雪の倍返しが来た。梅雨が明けたとは言ってもよくもまぁ雨が降るものだ。6月以降、田んぼには一度も水を入れていない。いつもなら出穂のこの時期、受粉するためには水分が必要な為、「花水」と称して水を入れるのだが今年はその必要がない。先日の豪雨こそ新庄では被害が無かったものの、もうウンザリ。
お天道様が姿を見せてくれず、蒸し暑い日は稲の病気でカビの一種であるイモチ病の発生を促していると同じで、そんな天気をイモチ空と呼んでいる。今年は例年よりかなり多くイモチ病が発生しており、今後の天候によっては穂への移行が心配され、気が抜けない。
 県内のお盆はほとんど月遅れの8月で、7日にお墓を掃除、13日に墓参りをしてから集落内の親戚の家々に行き仏壇に手を合わせ、親戚としての絆をより深め、帰省中の人々は近況を語り合い旧交を温めるのであるが、今年はむら祭りやお盆の行事はすべて中止。コロナを心配してのことであるが、自分一人で治まらないことを考えると、万が一を恐れ地方では出来る限りの予防線を張っているのだ。
 百姓は日中の暑い中でも屋外での作業があり、“強盗トラベル”とか言われているメンツと利権のかたまりなんかにかまっている暇はない。いくら立派な発言をしていても自分が動かなければ立派な作物は育ってくれないのだから。
【 笹 輝美 】

●毎年8月に入ると太平洋戦争に関する番組が放映される。今年は ETV特集「焼き場に立つ少年」が心に残った。死んだ弟を背負い、火葬の順番が来るのを唇をかみしめ「気をつけ」の姿勢で待っている写真だ。写したのは米軍カメラマン
ジョー・ オダル。場所や日付の記録もないので詳しいことは今も分からない。この1枚の写真をローマ法王が「戦争がもたらすもの」として世界に発信し話題になった。この写真から少年が戦災孤児であることが解るという。親がいれば少年がこの場所にいることはないと。また少年の鼻に詰め物があることから、原爆症で出血していたこと等。番組の中でこの少年と同じ年頃の人がその後の戦災孤児たちが歩んだ過酷な人生を語った。かろうじて私達の年代ならその話に何とか思いを巡らすことができるが、今の若い人たちには想像すらできないことだろう。
 大人たちがはじめた戦争で家や親を亡くした戦災孤児たちを東京では「浮浪児狩り」の名のもとに、子どもたちを捕まえて鉄格子の檻に入れている写真がある。
【 三原 茂夫 】
●コロナで夏のむら祭りでの子供たちの奉納相撲の中止を知らせる回覧板が回ってきた。そんな中、新聞の川柳欄で「テレワーク 米や野菜が作れるか」の一句が載っていた。なるほど、なるほどと納得し、うまいもんだと感心した。
【 今田 多一 】

●7月末山形県に集中した大雨で、県を縦断する最上川の水かさが増し中流域では濁流が堤防を超え、家屋の浸水や農地の冠水被害をもたらしました。新庄も一昨年の例があるので心配したもののこの度は大丈夫でした。気遣いの電話やメールをくださった沢山の方々にお礼を申し上げます。ありがとうございました。
 7月に入ってから朝1日おきにブルーベリーの摘み取りを行なっています。
9日雨の中で無心になって熟したものを籠に採り入れていて、ふと耳にするのは秋の虫。暦の上では立秋を迎えてしまいました。
今年感じるのは、冬を感じないまま春が来て、雨と曇天続きの7月を過ごし、夏を実感しないまま秋を感じてしまった、ということです。8/10日過ぎに猛暑がきているものの、これって冬の反動かしら、何か変です。    
【 遠藤 信子 】

●年の初めに「今年こそ、心穏やかに過ごしたいものだ」と書いた。ところがなんだかんだと身辺が騒がしく、穏やかな心境になどなれやしない。
 世の中には、思い通りにならない事はもちろん、どうにもならないことがある。何とかしよう、と抗いたくなるがどうしようもない。善意であろうが、好意であろうが全く余計なことになってしまう。ザワワザワワ、煩悩の厄介さに心は乱れる。
【 遠藤 敏信 】 

稲の出穂が盛りを迎えている

新庄発 … 短信集    文 月

2020年7月15日
文責 : 遠藤 敏信
梅雨空とはいえ、雨の日が続く。14日、山形県には低温注意報が出された


●「文明が進むほど天災による被害の程度も累進する」これは80年ほど前に寺田寅彦が述べた言葉だそうだが、大震災から今日迄私達が何度となく直面してきたまぎれもない事実を予言していた事になる。
 九州等での豪雨被害を映し出す画面を見ると呆然としてしまい、見舞いの言葉さえ失ってしまうようだ。あのような災害がいつ、どこで起きてもおかしくないところ迄追い詰められているのに、便利さと快適さに慣れてしまった私達は、なかなか生活を見直すことができず、被災の当事者意識をもつ事も出来ない。私達人間とは何と愚かなのであろうか。
今「何故、ロクでもない日本人が増えたのか」を題材にした本や記事が目につくが、私なりに乏しい知識と偏見で考えてみた。1970年代の学生運動が激しかった後に始まった教育改革の裏の目的は権力に従順な人間を育てることであったと記憶しているが、それが見事に身を結んだと思えて仕方がない。特に新自由主義にとりつかれた人達が巾を利かせる時代になってからは、学問でさえも「今もうける」事につながらない分野は切り捨てるという、近視眼的姿勢が貫かれ、人間としての根源的な生き方を追求する分野などは不要、称賛されるのは金をもうける事のみ。民衆には自己責任を求め、権力を持つ者達は税金と民衆に寄生する白アリに見えてしまう。この先村はどうなってゆくのであろうか?1月に生まれた孫を見ながら、顔は笑みながらも、頭では又そんな愚痴で一杯のジィさんになってしまった。が、まだ頑張らなくては。
【 笹 輝美 】

●新庄は7月に入るや、まさに梅雨空です。九州や中部地方のようなゲリラ豪雨はありませんが、晴れ間が本当に少ないため、大豆トラスト畑の中耕時期を逃してしまった感じです。
 百姓は快晴高温が続くと干ばつや水不足を心配し、雨が多いとイモチ病や災害だったり、畑作の出来だったり、雑草だったり、常に心配で天候に合わせる管理は
毎年違い、毎年、気を使う。
【 今田 多一 】

●コロナ禍、そして特に九州地方に集中したこの度の豪雨災害、大変なことが次々おきて、つましい暮らしを直撃する。喜・怒・哀・楽、いろんなことの積み重ねの上に今がある事に改めて気づく。まだまだ、頑張らねばと思う。 
【 遠藤 信子 】

●今回の記録的大雨で球磨川が氾濫し、大きな被害を受けた人吉市には小さな思い出がある。17年前に九州を回る旅の途中で、球磨川のほとりに建つ国民宿舎に
一晩お世話になった。夕食に地元の老人クラブと一緒になり、遠くから来たというのでずい分と歓迎された。翌朝、奨められた人吉城や美しい青井阿蘇神社等を散策した。新庄と同じように静かないい町であった。テレビには一面泥水に浮かぶ家々の映像が続く。水が引いてもガレキや泥にまみれた家具や家電、ゴミとなった思い出の品々の片付け方が待っている。毎年繰り返されるこの光景を断ち切る術はないものか。
【 三原 茂夫 】

●「目(まなぐ)めーね。耳ァ きけねェ。口と脚ァ もつれてオタオタヨタヨタ、
膝が、いでェ。ほして、胸まで とかとかする」と、半ば冗談めかして言ったら、
家のものに「そげなごど、口さ出さねでけろ」、言葉にするのはやめてくれ、とたしなめられた。視力、聴力、ろれつ、脚力、体幹力が、気持とは裏腹に衰えてきたことを実感する。そんなことは分かっているから言わずともよい、ということか。
 さて、イネの無農薬栽培区が大変なことになっている。コナギという広葉雑草が条間にびっしりはびこり、このままいくと早晩、イネは草の勢いに負けて消えてしまうであろう、という危機にある。今までで最大のピンチだ。
【 遠藤 敏信 】

つや姫特別栽培区と無農薬栽培区比較
私の好きな「ぼろ鳶」、「くらまし屋」シリーズの著者・今村祥吾氏が5月末に出したばかりの新刊
「じんかん」が第163回直木賞候補の一つにノミネートされている(2度目)。発表は今日15日だ。東日本大震災の際、ボランティアに参加しての帰り、新庄に立ち寄り、新庄まつりの起源に触れたことが、「生きることは、人を生かすこと」というテーマとなり、全作品のモチーフになっているという。

新庄発 … 短信集 水 無 月

2020年6月15日
文責 : 遠藤 敏信

●久しぶりのオススメ本は「名著講義」藤原正孝・著/文芸春秋1500円。
お茶の水女子大学の教授が学生とともに1週間で1冊の本を読み、その感想をもとにまとめたもので、私はこの本を手にするまで著者が高名な数学者で父が新田次郎であることや、「国家の品格」を著わしベストセラーになったことも知らなかった。
読んでいて共感するところが多く、先生と学生の会話に久しぶりに新鮮な感動を覚えた。この本が取り上げている12冊の中で特に「きけわだつみのこえ」と「山びこ学校」は学生たちに強烈な印象を与えたようで、私も忘れていたものを再認識させられた。女学生に囲まれてこの先生の講義をうけたかった。
①「武士道」 新渡戸 稲造
②「余は如何にして基督信徒となりし乎」 内村 鑑三
③「学問のすすめ」 福沢 諭吉
④新版「きけわだつみの声」
⑤「逝きし世の面影」 渡辺 京二
⑥「武家の女性」 山川 菊栄
⑦「代表的日本人」 内村 鑑三
⑧「山びこ学校」 無着 成恭
⑨「忘れられた日本人」 宮本 常一
⑩「東京に暮らす」 キャサリン・サンソム
⑪「福翁自伝」 福沢 諭吉
⑫「若き数学者のアメリカから『狐愁へ』」 藤原 正彦

先月の短信集で心配していた「ツバメの巣」は、ネコに襲われることなく6月の初めに巣から数羽のひなが顔を見せました。
【三原 茂夫 】

●田植えを終え、ホットするのも束の間、大豆の播種など次から次へと仕事が追ってくる。
10日、朝仕事で生産者一同、しんがりとなった吉野さんの田植えの終了を待って、今年も種をまいた。
 なお、例年8月第1土日に行う「草取りツアー」今年は中止です。
 この冬は記録的な小雪だったせいか、雨が少ないせいか、わたしの1か所の田になかなか水が乗ってこない。3日に1回の通水を水持ちの悪い田が重なっているためでもある。その上共同ポンプが壊れたせいもある。朝夕だけでは足りない水回り回数である。
【 今田 多一 】

●どうやら私にも“恩給”が付いてしまったようだ。佐賀の農民作家・山下惣一さんによれば、神経痛が百姓の恩給であるそうな。そんなわけで田植えも息子頼みだったが、その息子は若い頃の私と同じくヘマばかり … 。やっと終えたと思ったら、横浜に住む叔父が他界。コロナ禍の中、ビクビクしながら駆け付け、子供のころから何かと世話になった叔父にお別れをした。
叔父たちは自分の生まれた家に帰ることが本当に嬉しかったらしく、叔父3人に私の弟も加わり、一汁一菜のもてなししかできなくても、兄も弟もなく言いたい放題言い合って賑やかにしていた昔日がなつかしい。
【 笹 輝美 】

●先月27日午後に降ったきり、雨がない。そのため、6/6に播いた4種類の大豆(秘伝豆、あおばた豆、くるみ豆、黒五葉豆)の芽がまだ出ない。乾いた畑は恵みの雨を待っている。
でも、待望久しい雨が一昨年8月のような被害をもたらす、ドシャ降りはごめんです。
14日午後、待ち望んだ雨が降り出しました
【 遠藤 信子 】

●この春(4月下旬)、米穀業者と農協を通じて、相次いで「田んぼを作ってもらえないか。」との打診を受けた。私は経営を息子に譲渡しているため、倅の考えを聞くことに。急なことと面積も半端でないことから、「一つは受け、一つを他に頼んでみて、と伝えた」という。
農に携わる人の高齢化、それに突然の病気などが重なると、どうしようもない。他人の手に委ねなければならなくなる。声がけのあった二方は、米作りの上手な精農だった。個人的な規模拡大には限度がある。無理をすれば、仕事全般が手抜きになりかねない。村の中でのやり繰りだけでは処理できなくなってきている。村は変わらないが、田んぼの作り手は目に見えて変わる。
 今回のコロナ騒動で「人が生きるためには本当は何が必要か」を考える。人間の行為には無駄なものなど無く、それぞれに意味があるだろう。けれど、それでも必要なものってぇのは、限られるんじゃないかな、と思う。尤も、それも人それぞれってことか …。
【 遠藤 敏信 】
種まきを終えて 6/10早朝 新庄大豆畑トラスト圃場

新庄発 … 短信集  皐 月

2020年5月15日
                          文責 : 遠藤 敏信

●田植えに向けて只今代掻き中です。田起こしと違い、代掻きは上の田が水を張り、代掻きを行わないと下の方にはなかなか水が乗って来ません。
 自分の都合だけでは思うように作業が進まないのも、水が主役の代掻きです。
私は20日前後を田植え始めを予定しています。
 農作業に集中している時はコロナを忘れますが、夕方の県内感染者の動向を伝えるローカルニュースはやはり気になります。          
【 今田 多一 】

●トラクターを入れている小屋のシャッターを閉め忘れていたら、ツバメが巣作りをしてしまった。本来ならツバメは幸せを運んでくれる鳥として喜んでいいのだが、10年以上も前にこの小屋に巣を作り、子育て中だったところを、家のネコが襲ってしまったことがあったから又同じになるのではないかと心配になったのだ。その時のネコはもういないのだが、5年ほど前に野良ネコが孤独な私をなぐさめようとしたのか家に居ついてしまった。このネコは前のより一回り大きいオスネコで、体重を計ったら6.5㎏もある大物で、時たまスズメなどの小鳥をくわえてくることもある。このネコにいくら言い聞かせてもわかってくれそうもないし、せっかく巣を作っているのにシャッターを閉めるわけにもいかないし … 。  
【 三原 茂夫 】

●4月以降、低温傾向がある為か桜の開花も思ったほど早くはならず、山桜に至っては平年と変わらず、山の残雪も3月頃の予想よりは多く、田圃の代掻き作業に支障をきたすような事にはならずホッとしている。連休中もいつもと変わらず農作業に追われる毎日、夕方になるとヘトヘト。屋敷内に次から次と咲く花々にいやされながら、精を出している。
そんな中、昔聴いた鶴田浩二の歌「傷だらけの人生」がラジオから流れてきた。改めて聴いてみると、その歌詞とセリフが今の世と見事に重なってしまったもので… … 。台詞「古い奴ほど新しいものを欲しがるものです。今の世の中どこに新しいものがありましょう。生まれた土地は荒れ放題、右も左も真っ暗闇じゃございませんか」 歌詞「何から何まで真っ暗闇で 筋の通らぬことばかり 右を向いても左を見ても バカと阿呆の絡み合い どこに男の夢がある」
 すべてが戦前回帰と米国のコピー。新しいのは人類が戦うべき相手・コロナウイルスぐらいではないか。今、儲けるだけの効率から共生の為の効率を考えなければならない時だと思うのだが。                   
【 笹 輝美 】

●我が家は集中する時は一緒だが、普段の仕事は分業状態です。おっとっとは田起こし、代掻き。息子は苗の管理、畔草刈りに大わらわ。私は加工所にこもったり、、草刈りや畑仕事。
普段農道を、朝夕散歩する人は結構います。コロナでの感染拡大防止のためステイホームで過すことを促されている今、時間に関係なく犬を連れたり、子供連れであったり、散歩者の数が目立って増えています。顔見知りでなくても、挨拶ぐらいは交わすことのできる人って、いいな。           
【 遠藤 信子 】

●日に日に草木の葉が拡がる。山肌が彩りと膨らみをを増していく。私は仲間たち同様、代掻き作業の真っ最中。コロナに対する思いも同じ。収束を願うばかりだ。改めて思うことは、人間の暮らしの基本は“医・食・住”が整うことなんだ。経済が循環し、音楽や芸術、文化・スポーツに親しみ楽しむことも生きる力に、大きく関わるんだ、と。

 4月半ば、友人からもらったCDにはまっている。「人生の扉」、「いのちの歌」(竹内まりあ)という2曲が入る。あろうことかトラクター作業で、運転をしながら大音量・エンドレスで聴き入っているのだ。歌詞がイイ。旋律もイイ。柄にもなく涙をこぼす自分がいるから驚きだ。(嗚呼、センチメンタルスプリング) 友曰く、「年とった証拠じゃん。コーヒー飲みに来て!」 「俺、酒の方がイイな … 」
【 遠藤 敏信 】
代掻き作業